IPOをめざそう(その4)~ 資本政策

IPOをめざそう(その4)~ 資本政策

今回は、IPOの準備の中で、その中心線とも言える資本政策について説明します。資本政策とは、株式の上場を見据えた、株式の発行および株式の移動の計画を言います。作成に当たって考慮すべき要素には、会社に必要な資金の調達の方法と時期、株式売却による株主のキャピタルゲインの獲得、上場後の株主構成、役職員に対するインセンティブプラン、上場審査基準などがあります。これらの要素を事業計画の進展に合わせバランス良く組立てていきます。計画作成は、幹事証券会社などの助言を受けながら経営者自身が判断すべきものです。IPOコンサルの会社、ベンチャ-ファンドなどから助言を受けることがありますが、利益が相反しその立場を有利にするバイアスがかかっている場合もありますので、注意が必要です。

資本政策をどのように作成するか、もう少し具体的に見て、考慮すべき要素を簡単に説明します。

作成方法考慮すべき要素資金調達の方法上場時の公募・売出しとキャピタルゲイン上場後の株主構成役職員に対するインセンティブプラン上場審査基準
  1. 作成方法

資本政策のベースとなるのは、事業計画です。どの会社も通常、銀行から借入れを行うなどの目的で事業計画を作成していると思います。上場の審査をパスし、投資家にこの会社に投資したいという評価を受けるためには、精度の高い合理的で説得力のある計画を作成する必要があります。過去の経営成績や現在の経営環境、他社との競合などを分析し、どのような経営理念に基づきどのような経営戦略を持って会社を経営していくのかを説明し、3~5年程度の事業計画に落とし込みます。中期の事業計画を月次に展開したものを予算として経営を管理していきますが、予算と実績に解離が生じた場合、追加の施策を実施したり必要な軌道修正を行うなど、PDCAのサイクルを回していくことが経営にとって重要です。

事業計画に基づき株式の価値を想定し、資金調達のための新株式の発行、既存株主の株式売却、ストック・オプションの発行など、株式の発行と移動をどの時期にどういった内容で行うか、シミュレーションしていきます。株価の想定は、通常、類似会社のPER(株価収益率)を使って行います。

2.考慮すべき要素

(1)資金調達の方法

資金調達の方法は、株式の発行によるエクイティ・ファイナンスと借入など負債によるデット・ファイナンスに大別されます。エクイティ・ファイナンスは、返済の必要はありませんが、配当といった経済的な権利に加え比率に応じ株主総会の決議権など様々な権利が発生します。会社経営の自由度は低下することになりますし、反社会的勢力が株主となれば、IPO自体が困難になってしまいます。他者への株式の割当・移動は慎重に行わなければなりません。デット・ファイナンスは、利息を支払い元本を返済する必要がありますが、株式の持分比率に変動は生じません。ベンチャーファンドから出資を受ける時には、転換権付の優先株といった中間的な形態も使われます。出資時に、株主間契約を締結することが一般的で、経営内容の報告に加え取締役の派遣や重要な経営判断事項について同意を必要とするなどの条件が付されることがあります。

エクイティ・ファイナンスとデット・ファイナンスのコストについて、簡単に補足します。エクイティは、返済の必要が無く、利益が上がらなければ配当の支払いも無いから、「ただ」のお金のように勘違いする経営者もいますが、リスクが高いため高いリタ-ンが要求されます。投資家の株式投資の期待するリターン(収益率)は、通常CAPM(資産資本価格モデル)を使って計算されています。一番リスクの小さい負債金利(国債の金利)に、過去の株価変動に基づいて算定される市場の変動リスクをその企業の固有リスクに合わせ要求されるであろう利率を推定加算したものです。会社としては、それを上回る収益を上げていかなければなりません。2014年に発表された「伊藤レポ-ト」は、ROE(株式資本利益率)の最低の目安を8%とし、株式資本コストの認識の重要性を説きました。東証の2015年のコ-ポレ-トガバナンス・コ-ドの策定や2023年のPBR(純資産倍率)1倍割れの企業に対する改善策の要請など、基になる考え方は同じであり、政策保有株の売却が進んでいるのもこうした流れの一環です。これに対し、デット・ファイナンスは、現在金利は底を打ったとはいえまだまだ低金利の環境下にあり、利息は損金処理できるため税金を考慮すれば、なおさらコストが低いということになります。会社の資本コストを最低にするには、株式資本をできる限り小さくすれば良い訳ですが(レバレッジを最大限に効かせた状態)、実際には財務の安定性を欠くことになり借入れができなくなります。資本と負債の一定のバランスが要求されることになります。

(2)上場時の公募・売出しとキャピタルゲイン

IPO時に証券会社は一般投資家に広く株式を販売していくわけですが、その形態には、会社が資金を調達するため発行する新株式に対して投資家を募る「公募」と、既存株主が売却する株式を投資家に取得してもらう「売出し」があります。多くのケ-スでは公募と売出しが併用されます。売出しより公募のウェ-トが高い方が、新たに調達した資金で投資などを実行し、さらなる成長に繋げるというエクイティ・スト-リ-が描きやすく、投資家の評価を得やすいと考えられます。

具体的なイメ-ジをつかむため、IPO前は創業者が500万株の株式を100%保有、IPO時に一株3000円、公募100万株、売出し100万株を行った場合を想定してみます。時価総額は600万株×3000円で、180億円となります。グロ-ス市場では、証券会社が引受けて販売する手数料とリスクに対するディスカントを合わせて8%が引かれるため、会社にとっては100万株×3000円×92%、27億76百万円の資金調達となり、創業者にとっては当初の株式取得コストを500円とすれば、資金を回収し100万株×(3000円-500円)×92%、23億円のキャピタルゲイン(ただし、税金が20%程度かかります)を獲得することになります。

(3)IPO後の株主構成

IPOにより、広く一般の投資家が自由に売買されるようになります。一般の投資家は一旦株式を取得しても株価が上昇すれば売却するため、アクティビストなどの投資家に流通株式を買集められることもあり得ます。株式比率とその権利について良く理解し、どの程度の安定株主を確保するのかを検討し、資本政策を考える必要があります。例えば、IPO前は創業者など安定株主が500万株の株式を100%保有、IPO時に公募増資100万株、売出しを100万株行った場合を想定しますと、IPO後には発行済株式総数は600万株、安定株主は400万株で、その比率は66.7%となります。

留意すべき重要な株主の権利としては、株主総会の決議があります。計算書類の承認、役員の選解任、役員の報酬、配当は普通決議によって決められます。普通決議は、議決権ベースで過半数以上の出席を定足数とし、その出席株主の過半数の議決権で決議が可能です。合併、分割、株式交換などの組織再編、重要事業の譲渡、定款の変更などのためには特別決議が必要で、議決権ベースで過半数以上の出席を定足数とし、決議要件はその出席株主の議決権の3分の2以上となります。その他3%以上保有する株主は、株主総会の招集請求権、役員の解任請求権、帳簿の閲覧請求権を、1%以上保有する株主は株主総会の議案提案権を有することになります。

株式を公開することは、誰もが自由に株式を取得できるようになるわけであり、会社が成長すれば安定株主比率を高く維持するのは難しくなります。先に触れた通り、銀行や生保・損保など、長年に渡り政策保有株として取引先の株式を保有してきましたが、被保有会社のガバナンスが弱まること、保有会社にとっては資本効率を低下させること(日本の会社が欧米に比しROEが低い一要因となっている)、また株価下落リスクを抱えることなどから、政策保有株を売却し無くしていく流れとなっています。一番の買収防衛策は、一般投資家からこの経営陣に経営を委ねるのがベストであると評価を得ることだといえます。

(4)役職員に対するインセンティブプラン

エクイティを活用した代表的なインセンティブプランとして、従業員持株会とストック・オプション(新株予約権、SO)があります。IPOを実現させるためには、人材の確保は重要な課題です。大企業に比べ、能力次第で若くても重要な仕事ができるなど利点はありますが、安定性は低く報酬や福利厚生は見劣りするのが普通です。役職員に対するインセンティブプランは、役員や従業員に対しキャピタルゲインを獲得する機会を付与するものであり、優秀な人材を獲得のための大きな手段となります。また、IPOを実現に向け方向に会社のベクトルを揃え、モチベーションを大きく上げる効果を持ちます

従業員持株会制度とは、従業員が持株会を通じて、毎月給与天引きで資金を拠出し自社株式を購入していくものです。奨励金の形で会社が補助を出す例もあり、ドルコスト平均法で株式を購入していくことになり、従業員の資産形成に寄与します。IPO前に制度を開始することが可能で、その場合臨時拠出で第三者割当増資や既存株主から譲受によってIPO前の価格で株式が購入できます。あくまでも従業員が任意で加入するものです。会社としては一株主として管理でき、絶対的ではありませんが安定株主として考えることができます。

SOとは、一定の価格で株式を購入できる権利で、SOを割当られた役職員は、IPO前に決められた行使価格でIPO後に権利を行使して株式を取得し売却することが可能です。どの役職員にどれだけ権利

+を付与するか、会社が決定することができます。税制適格要件を満たせば、キャピタルゲインに対する課税が20%に軽減されます。

(5)上場審査基準

 グロース市場に上場する場合、流通株式比率25%以上、流通株式時価総額5億円以上の要件を充足する必要があります。流通株式とは、いわゆる安定株主を除いた市場で流通している一般投資家が取得可能な株式で、東証の上場審査基準では申請会社の役員、役員の配偶者と二親等以内の血族、10%以上の大株主、銀行や保険会社、事業法人等が保有する株式を除いたものとなっています。

 また、取引所の規制には、継続保有義務および開示義務があります。継続保有義務とは、IPO直前期の期首以降に第三者割当増資等によって株式を取得した株主は、その株式を上場日から6ヵ月を経過した後で無ければ売却できないとするものです。開示義務とは、直前々期以降の事業年度に実施された、資本政策は原則として上場申請書類の中に開示しなければならないとするものです。特別利害関係者等によって行われた株式売買、第三者割当増資、SOの発行を開示することになります。売買であれば、売買者の名前、株数、価格とその根拠、理由などの開示が求められます。