IPOをめざそう(その5)~ ストック・オプション

本題に入る前に、昨年のIPO市場について、簡単に振り返ってみます。昨年のIPOの件数は、86件で例年より若干少なめとなりました。うち東証のグロース市場が64件を占め、AI、DX、人材の関連の企業が多く見られました。日経平均が上昇する中で、グロース市場は出遅れ感があり、高い評価が期待できないとしてIPOの時期を遅らせる企業もみられたようです。時価総額(公開時の公募売出し価格ベース)では、キオクシアが7843億円、東京メトロが6972億円、リガクがHD2838億円、トライアルHDが2021億円など、大型案件が目立つ年でした。

1.ストック・オプションとは2.シミュレ-ション①権利付与 ②権利行使 ③売却3.税制適格ストック・オプションの適用要件①適用対象者 ②権利行使価格 ③発行価格 ④権利行使期間 ⑤年間権利行使限度額 ⑥譲渡 ⑦株式の保管 ⑧権利付与契約 ⑨新株予約権の付与に関する調書4.その他の留意する事項 ①ストック・オプション発行額の量について ②ベスティング ③IPOまで権利行使できないとする条項

1.ストック・オプションとは

さて、前回、資本政策を進める一環で、エクイティを活用した役職員に対するインセンティブプランとして、従業員持株会とストック・オプション(新株予約権)を説明しましたが、今回はストック・オプションについて詳しく見ていきたいと思います。

ストック・オプションとは、一定の価格で株式を購入できる権利で、ストック・オプションを割当られた役職員は、IPO前のストック・オプション付与時に決められた行使価格で、IPO後に権利を行使して株式を取得することが可能となります。役職員に対しキャピタル・ゲインを獲得する機会を与えるものであり、IPOの実現に向け会社のベクトルを揃え、モチベーションを大きく上げる効果を持ちます。株式を購入するのとは異なり、権利付与の時点では無償の形に設計可能で、株価が上がれば儲かり下がっても損しない(下がっているときは行使しないだけ)という点は大きなメリットです。どの役職員にどれだけ権利を付与するか、会社が決定することができ、優秀な人材を引き留めたり獲得したりするための大きな手段となります。

税制適格要件を満たせば(税制適格ストック・オプションと呼ばれています)、権利行使時に行使価格と行使時の株価の差額を給与所得として課税をすることなく繰り延べて、株式売却時に行使価格と売却価格との差額を譲渡所得とすることができます。この税制上の優遇措置によって、税後の手取りのお金を大きくすることができます。IPOを目指す会社の多くが、資本政策を進める過程でこの税制適格ストック・オプションの導入を行っています。

2.シミュレ-ション

具体的な株価を仮置きして、考えてみましょう。横軸に時間、縦軸に株価をとり、図を描いていただければ、より分かり易くなります。まず、①権利付与、IPO前、株価が500円の時、行使株価500円のストック・オプションを付与、②権利行使、その後IPOを果たし、株価が1500円になった時に行使、③売却、その後1800円で売却したと仮定してみましょう。

①権利付与

オプションの価値(オプション・バリュ-と言われます)は、すぐには行使ができないのもであっても、また行使価格が時価よりいくら高い価格であっても、無価値ではありません。金融工学の計算によって、本源的な価値(行使価格≧時価であれば、ゼロ)に時間的な価値も加味したオプション・バリュ-がはじき出されます。しかし、税制上は、権利の譲渡制限などが付されていれば経済的利益を実現させることはができないため、付与時には所得とはされません。役職員に無償で付与することができます。

会社は、ストック・オプションの付与によって、役職員からサ-ビスを取得しているわけですから、費用認識しなければなりません。IPO前は、簡易的に本源的価値に基づいて会計処理することが認められています。IPO後は、税制適格ストック・オプションであってもオプション・バリュ-を計算して会社として費用計上する必要があることに注意が必要です。

②権利行使

一株当たり行使価格の500円を払い込むことによって、1500円の株式が得られます。原則としては、行使価格の500円と行使時の株価1500円の差額1000円が給与所得として認識され、納税が必要になります。税制適格ストック・オプションであれば、この課税の繰延べることができます。

③売却

税制非適格のストック・オプションの場合、行使時の株価1500円と売却価格1800円の差額の300円が譲渡所得となります(②の権利行使時点で、1000円が給与所得とされています)。一方、税制適格ストック・オプションは権利行使時の課税が繰り延べられており、行使価格の500円と売却価格1800円の差額1300円が譲渡所得となります。給与所得は累進課税(最高55%、所得税45%と住民税10%)ですが、キャピタル・ゲインに対する課税は20.315%(0.315%は復興特別所得税)の分離課税ですみます。

行使後、売却のタイミングによっては、株価が下落し売却損が発生することもあります。手続き上の時間のずれもありますので、注意が必要です。

3.税制適格ストック・オプションの適用要件

税制適格ストック・オプションの適用要件は、以下の通りです。

①適用対象者:自社(または50%超の株式を有する子会社)の取締役または使用人。

発行済株式の1/3超を保有する大口株主やその親族および監査役は含みません。令和6年度の改正で、一定の要件を満たす社外の高度人材が加えられました。

②権利行使価格:契約締結時の株価(時価)以上。

時価の考え方には注意が必要です。株価の算定書を外部の専門家から取得したり、投資家による増資を受けた時の株価などを基準にその直後に権利付与を行うなどより、税務上のリスクを少なくすることが可能です。

③発行価格:発行価格は無償。

④権利行使期間:権利付与決議の日後、2年を経過した日から10年を経過する日までの間。

令和5年度改正で、設立の日以後の期間が5年未満の非上場会社においては、付与決議日後2年を経過した日から付与決議日後15年を経過する日までの間とされました。

⑤年間権利行使限度額:権利行使価格の年間の合計額が1200万円以下。

令和6年度の改正により、付与決議日において設立の日以後の期間が5年未満の株式会社の場合は2400万円以下、付与決議日において設立の日以後の期間が5年以上20年未満の株式会社で、非上場会社または上場の日以後の期間が5年未満の上場会社の場合は3600万円以下に引き上げられました。

⑥譲渡:禁止。

⑦株式の保管:行使により取得する株式について金融商品取引業者等の振替口座簿に記載しもしくは記録を受け、またはその営業所等に保管の委託もしくは管理等信託がされること。

令和6年度の改正で譲渡制限株式については、株式会社による管理も可能になりました。

⑧権利付与契約:権利付与契約に要件を定めておくことが必要。

発行要項の大枠は株主総会で決議する。発行後に適格要件を充足するように修正しても認められないため、慎重な設計が求められます。

⑨新株予約権の付与に関する調書:ストック・オプションを付与した日の属する年の翌年1月31日までに税務署に提出。

4.その他の留意する事項

①ストック・オプション発行額の量について

ストック・オプションは、いくらでも発行すれば良いというものではありません。IPO後には権利行使され株式数が増加する(希薄化、またはダイリュ-ションとも言われます)ことになります。一株当たりの利益や一株当たりの純資産といった指標は低下することになり、投資家からの評価を低下させる一因となります。また、IPO後には、先述のようにオプション・バリュ-を算定し費用計上しなくてはならなくなり、利益を押し下げることになります。特にボラティリティ(価格変動の度合い)が大きいとオプション・バリュ-も高くなります。後々、ストック・オプションを使って優位な人材を採用したいといった場合に備え、その枠も残しておくべきでしょう。一般的には、発行済株式総数の10%程度が目安と考えられています。

②ベスティング

ベスティングとは一定期間の経過によって権利を確定させる契約条件のことを指します。税制適格ストック・オプションでは権利行使については2年の据置期間がありますが、一定期間ごとに権利行使できる割合を増加させていくことも可能です。たとえば、2年経過後に1/3、さらに1年経過後に1/3、その後1年後に残りの1/3を行使可能とするといった設計も可能です。優秀な役職員を長く引き留めておくためには有効な契約で、3年から5年程度の期間で全額行使可能とする設定が良く見られます。

③IPOまで権利行使できないとする条項

IPOを目指す会社にとって、ストック・オプションは労働の対価というより、IPOを達成した報償の意味合いが濃く、IPO前には権利行使できないとするのが一般的です。IPO前の権利行使を可能とした場合、株式の譲渡制限はつけられているにせよ、株式事務や株主総会の事務手続きが煩雑化するなど、あまりプラスの要素はありません。