家庭の法律基礎知識(相続編)
ビジネスの世界だけでなく家庭内でも、法律に従った対応が必要な場合があります。そこで、このシリーズでは、家庭内のもめごとに対応する上で知っておいていただきたい法律の基礎知識を概説します。本編は相続に関するものです。
1.相続人 2.相続の単純承認・限定承認・放棄 3.相続分 4.遺産分割 5.共同相続における権利承継の対抗要件 6.遺言 7.配偶者の居住権 8.遺留分 9.特別寄与料 |
1.相続人
相続は、人が亡くなることにより亡くなった人(「被相続人」)の住所地で開始します(882条、883条)。
相続人(死産でない胎児を含みます。)は、①被相続人の配偶者及び子、②被相続人の配偶者及び直系尊属、③被相続人の配偶者及び兄弟姉妹の順に決まります。被相続人の子又は兄弟姉妹が相続開始前に死亡した場合はその子が代襲して相続人となります(886条ないし890条)。但し、遺言の偽造・隠蔽等の欠格事由がある場合及び被相続人に対する虐待等の非行があり排除された者は相続人となれません(891条、892条)。
2.相続の単純承認・限定承認・放棄
相続人は、原則として自己のための相続開始を知ったときから3ヶ月以内に、単純承認、限定承認(相続財産の限度で被相続人の債務及び遺贈を弁済)又は放棄(相続人とならない)のいずれかをしなければなりません。限定承認及び放棄は家庭裁判所に申述する方法によります。上記3ヶ月の期間内に限定承認又は放棄をしない場合その他一定の場合は、単純承認をしたものとみなされます。単純承認をした相続人は無限に被相続人の権利義務を承継します(915条ないし939条)。
3.相続分
相続人は被相続人の一切の権利義務(一身専属権を除く。)を承継します(896条)。相続人が複数ある場合は、各共同相続人は相続分に応じて被相続人の権利義務を承継しますが、相続財産は遺産分割や遺言等に従って分割されるまでの間は共同相続人の共有となります(898条、899条)。
相続分は、遺言による相続分の指定がある場合はそれに従い、遺言による相続分の指定がない場合は法定相続分に従います。法定相続分は、上記①の場合は配偶者及び子がそれぞれ2分の1,上記②の場合は配偶者が3分の2、直系尊属が3分の1、上記③の場合は配偶者が4分の3、兄弟姉妹が4分の1となります。子、直系尊属又は兄弟姉妹が複数いる場合は等分します。代襲相続人の相続分はその直系尊属の相続分と同じです(900条ないし902条)。被相続人の債権者は、遺言による相続分の指定がある場合であってもそれを承認しない限り、法定相続分に応じて権利を行使できます(902条の2)。
相続分は、以下の特別受益と寄与分による修正を受けます。
(1)特別受益
共同相続人が遺贈(遺言による贈与)を受けた場合又は婚姻、養子縁組若しくは生計の資本として生前贈与を受けた場合は、当該贈与を受けた額(「特別受益」)を相続開始時の相続財産とみなして算定した相続分から特別受益額を控除します(903条)。例えば、相続財産が5000万円で相続人が配偶者と子一人の場合で子が1000万円の生前贈与を受けたときは、子の相続分は2000万円(=(5000+1000)÷2-1000)となります。
(2)寄与分
共同相続人が被相続人の財産の維持増加について特別の寄与(労務提供、財産給付、療養看護等)をした場合は、相続開始時の相続財産から寄与分を控除します。寄与分は共同相続人間の協議で決まらない場合は家庭裁判所が定めます(904条の2)。例えば、相続財産が5000万円で相続人が配偶者と子一人の場合で子が1000万円の寄与分を認められたときは、子の相続分は3000万円(=(5000-1000)÷2+1000)となります。
4.遺産分割
共同相続人は、遺言により遺産分割が禁じられた場合(禁止期間は相続開始から5年以内)又は共同相続人間の契約により分割を禁止した遺産(禁止期間は5年以内で相続開始から10年以内)を除き、遺産の分割を協議します。遺産分割前に処分された遺産は、共同相続人(処分した共同相続人を除く。)全員の同意により、処分された遺産が分割時に存在したものとみなすことができます(907条、908条)。
遺産分割協議が整わない場合は、家庭裁判所に分割を請求できます。家庭裁判所では、遺産分割調停をまず行い、調停不調の場合は裁判所の職権により遺産分割審判が行われます。遺産分割審判では法定相続分をベースに判断される可能性が高いため、遺産分割調停の申立を行うかどうかは慎重に検討する必要があります。
遺産分割前であっても、預貯金債権については、その3分の1について法定相続分に応じた額(上限は150万円)を単独で引き出すことが可能です(909条の2)。
5.共同相続における権利承継の対抗要件
特定財産承継遺言等により承継された財産については,登記等の対抗要件なくして第三者に対抗することができるとされている現行法の規律が見直され,法定相続分を超える部分の承継については,登記等の対抗要件を備えなければ第三者に対抗することができないことになりました。特定の財産を相続させる旨の遺言による権利の承継は登記なくして第三者に対抗できるというのが判例でしたが、遺言の有無内容を知り得ない相続債権者・債務者等や取引の安全を害するおそれがあるため、遺産分割や遺贈の場合と同様に、法定相続分を超える部分については、登記・登録その他の対抗要件を具備しなければ第三者に対抗できないことになりました。法定相続分を超えて相続により債権を承継した共同相続人が当該債権に係る遺言の内容(遺産分割の場合は当該債権に係る遺産分割の内容)を明らかにして債務者に承継を通知した場合は、共同相続人全員が債務者に通知したものとみなして対抗要件具備が判断されます(899条の2)。
6.遺言
15歳以上であれば遺言を作成出来ますが、方式が決められているのでそれを遵守する必要があります。死亡の危急が迫った場合等の特別の方式を除くと、自筆証書遺言、公正証書遺言又は秘密証書遺言のいずれかの方法による必要があります。公正証書遺言及び自筆証書遺言保管制度を利用した自筆証書遺言を除き、相続開始後に家庭裁判所の検認手続(相続人に対し遺言の存在及びその内容を知らせるとともに,遺言書の形状,加除訂正の状態,日付,署名など検認の日現在における遺言書の内容を明確にして,遺言書の偽造・変造を防止するための手続き)を受ける必要があります。
(1)自筆証書遺言
遺言者が全文、日付及び署名を自書して押印します。財産目録については自書でなくてもいいですが全頁に署名押印する必要があります(968条)。
自筆証書遺言は比較的容易に作成できますが、紛失・隠蔽や改ざんのリスクがありますが、自筆証書遺言保管制度(法務局が自筆証書遺言書を預かる制度)を利用すれば,法務局において遺言書の原本は遺言者死亡後50年間その画像データは遺言者死亡後150年間保存・保管されることになりますので、遺言書の紛失・亡失のおそれがないほか、相続人等の利害関係者による遺言書の偽造・変造・隠匿・毀棄の危険を防止することはできます。自筆証書遺言の保管申請は、遺言者が遺言者の住所地を管轄する遺言書保管所、遺言者の本籍地を管轄する遺言書保管所又は遺言者が所有する不動産の所在地を管轄する遺言書保管所のいずれかに対して行います。相続人等は、「遺言書保管事実証明書」の交付請求を行うことができ、請求者が遺言者の相続人である場合は遺言者の遺言書が遺言書保管所に保管されているかどうか、請求者が遺言者の相続人でない場合は請求者を受遺者等・遺言執行者等とする遺言書が遺言書保管所に保管されているかどうかの確認をすることができます。なお、遺言書保管事実証明書の交付請求は、全国いずれの遺言書保管所でも手続可能で郵送によっても手続きができます。また,相続人等は、「遺言書情報証明書」の交付請求を行うことができ、当該証明書には,遺言書の画像情報が全て印刷されており、遺言書の内容を確認することができます。相続人等の誰かが遺言書情報証明書の交付を受けると、遺言書保管官からその者以外の全ての相続人等に対し関係する遺言書を保管している旨が通知されます。なお、遺言書保管所に保管された遺言書の原本は、遺言者自身からの撤回を除き、相続人であっても返還されることはありませんので、遺言書の原本の代わりとして遺言書情報証明書を各種手続に使用することになります。遺言書情報証明書の交付請求も、全国いずれの遺言書保管所でも手続可能で郵送によっても手続きができます。相続人等は、遺言書の閲覧(モニター/原本)の請求を行うこともできます。<https://www.moj.go.jp/MINJI/01.html>
(2)公正証書遺言
証人2人以上が立会の上、公証人役場で作成します。遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授する→公証人が遺言者の口授を筆記しこれを遺言者及び証人に読み聞かせ又は閲覧させる→遺言者及び証人が筆記の正確さを承認して各自署名押印する→公証人が方式に従った旨を付記して署名押印する、という流れになります(969条)。
(3)秘密証書遺言
遺言者が予め秘密証書に署名押印した上証書を封じて秘密証書に用いた印章で封印し、公証人役場で作成します。遺言者が公証人及び証人2人以上の前に封書を提出して自己の遺言である旨及び筆者の氏名住所を申述する→公証人が証書提出日及び遺言者の申述を封紙に記載する→公証人、遺言者及び証人が封紙に署名押印する、という流れになります(970条)。遺言内容を秘匿したい場合や遺言本文を自書でなくタイプしたい場合に適していますが、遺言書自体は遺言者が保管する必要があります。
7.配偶者の居住権
⑴ 配偶者短期居住権(1037条)
・配偶者は,相続開始の時に被相続人所有の建物に無償で居住していた場合には,遺産分割によりその建物の帰属が確定するまでの間又は相続開始の時から6か月を経過する日のいずれか遅い日までの間,引き続き無償でその建物を使用することができます。
・配偶者は,相続開始の時に被相続人所有の建物に無償で居住していた場合には,居住建物の所有権を取得した者は,いつでも配偶者に対し配偶者短期居住権の消滅の申入れをすることができますが,配偶者はその申入れを受けた日から6か月を経過するまでの間,引き続き無償でその建物を使用することができます。
原則として被相続人と配偶者との間で使用賃貸借契約が成立していたと推認される(最判平成8年12月17日)という手法では、第三者に居住建物が遺贈された場合や被相続人が反対の意思表示をした場合には配偶者の居住を保護できませんが、配偶者短期居住権は、このような場合であっても、配偶者の居住権を保護できます。配偶者は、第三者に居住建物を使用させるためには居住建物の所有権を取得した者の承諾を得る必要があります。
⑵ 配偶者居住権(1028条)
配偶者が相続開始時に居住していた被相続人の所有建物(被相続人が配偶者以外の第三者と共有する場合を除く)を対象として,終身又は(遺産分割協議・遺言・遺産分割審判で定める場合は)一定期間,配偶者にその使用又は収益を認めることを内容とする法定の権利が新設されました。遺産分割における選択肢の一つとして,配偶者に配偶者居住権を取得させることができますし,被相続人が遺贈等によって配偶者に配偶者居住権を取得させることもできます。
居住建物を取得した配偶者が(居住建物の資産価値が高いために)他の遺産を受け取れず生活資金に窮するという事態が考えられますが、例えば、居住建物土地を配偶者居住権と負担付所有権(配偶者居住権が消滅した時点の価値に基づく現在価値)に分割して他の相続人が後者を受け取ることにより、配偶者が他の遺産も受け取ることが可能になります。配偶者居住権の設定は、遺産分割又は遺贈による方法のほか、(共同相続人が合意する場合又は配偶者が希望し配偶者の生活を維持するために特に必要と家庭裁判所が認める場合には)家庭裁判所の遺産分割審判によることもできます。居住建物の所有者は配偶者に対して配偶者居住権の登記を具備する義務を負います。配偶者居住権は譲渡することができず、配偶者は、居住建物の増改築や第三者による使用収益をさせるためには居住建物の所有者の承諾を得る必要がありますが、居住建物の使用収益に必要な修繕についてはかかる承諾は不要です。
8.遺留分
兄弟姉妹以外の相続人は、「相続開始時の相続財産額+被相続人の贈与額(相続人以外に対する相続開始前1年以内の贈与及び相続人に対する相続開始前10年以内の婚姻・養子縁組・生計の資本としての贈与)-被相続人の債務全額」の2分の1(直系尊属のみが相続人である場合は3分の1)に法定相続分を乗じた額について、遺留分が認められます。被相続人の贈与や遺贈によって本来の法定相続分よりも少ない相続財産しか相続できない相続人を一定限度で保護する制度です。例えば、相続財産が5000万円で相続人が配偶者と子一人の場合で子が相続財産全部の遺贈を受けたときは、配偶者の遺留分侵害請求額は1250万円(=5000÷2÷2)となります。
遺留分権利者及びその承継人は、受遺者又は受贈者に対して、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求できます。遺留分侵害額請求権は、遺留分権利者が相続開始及び遺留分侵害の贈与又は遺贈を知ったときから1年又は相続開始から10年で時効により消滅します(1042条ないし1048条)。
9.特別寄与料
相続人以外の被相続人の親族が,無償で被相続人の療養看護等を行った場合には,一定の要件の下で,相続人に対して金銭請求をすることができるようになりました。
相続人以外の者(長男の妻等)は被相続人の介護に尽くしても相続財産を取得することはできませんでしたが、被相続人の親族が被相続人に対して無償で療養看護その他の労務を提供したことにより被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした場合は、相続人に対して寄与に応じた額の金銭(特別寄与料)の支払請求ができるようになりました。特別寄与料の額について当事者間で協議が整わない場合は、相続開始・相続人を知ってから6ヶ月以内又は相続開始から1年以内に限り、家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求できます(1050条)。