カーボンゼロⅥ..恐竜との共存は実現出来るのか(その1)

最近、恐竜への関心が高まっているように思えます。そこで、ジェラシック・パークのように人類と恐竜は共存できるか、というテーマからビジネスのことを少し考えてみたいと思います。。

皆さん地球上を支配していた恐竜絶滅の原因はご存じでしょうか?諸説ありますが、今一番有力なのは、メキシコのユカタン半島に巨大隕石(直径10km以上)が衝突したことが原因という説です。隕石の衝突の衝撃そのもの、それによる熱波、津波で死滅しただけでなく、その後大量の粉塵が地球上を覆い尽くし、太陽光の不足と寒冷化により植物が減少することで草食恐竜が減少し、さらにそれを食料とする肉食恐竜が減少していった 特に大型な生物ほど対応できなかった というものです。他にも火山活動が活発化し、同じように粉塵が地球上を覆い尽くしたことが原因という説もあります。どちらも、寒冷化で食料が減少したことに着目しています。

恐竜の闊歩していた時代(2億3千万年~66百万年前)では、現代よりも10度程度高く、CO₂濃度は3倍とも20倍ともいわれています。その中で、植物が活性化し、生育もよく、大型のシダ類などが生い茂っており、大型草食恐竜の食料が豊富にあったと考えられています。気温が高く、CO₂濃度が高ければ、最大の温暖化ガスである水蒸気(H₂O)も空気中に増え、そこに太陽光が降り注げば、必要な3要素が十分に満たされ、光合成が活性化するのには最適な環境だったのでしょう。平安時代、昨年NHKの大河「光る君へ」で描かれた藤原道長の栄華をもたらした一つの要因が、気温が昨今と同じ程度に高く農業生産力が高かったことと言われることもあります。また、今年の大河「べらぼう」で、田沼意次(渡辺謙さん)の重商政策(商業重視策)が崩壊し、将来の松平定信 (今は田安賢丸:寺田心さん)が行う寛政の改革に繋がる「天明の大飢饉」による社会の不安定化がいずれ描かれると思いますが、大飢饉をもたらしたのは気温の低下であるといわれています。江戸時代は、気温が全般的に低く飢饉が頻発し、その度に享保、寛政、天保と江戸の三大改革が必要となっています。弥生時代以降の温度変化は±2度程度と想定されていますが、食料生産には各時代で大きな影響を与えたのでしょう。更に、縄文時代はもう少し気温が高かったと言われています。海水面が高く海岸線が今よりかなり内陸にあったと考えられており、群馬県で貝塚が一番多く発見されていることから見てもわかります。今年豪雪に見舞われている青森県の三内丸山遺跡が栄えていたのも、こうした側面もあったからでしょう。

前回(カーボンゼロⅤ)でも述べた、国連世界食糧計画(WFP)が「今日を生きるための食料、8億人待ち」と呼びかけており、2021年時点で、飢餓に苦しむ人が8億2,800万人、中度および重度の食料不安(栄養失調に苦しむ人)は約23億人(世界人口 約78億人)いると発表されていることを考えますと、気温上昇で植物が活性化することに期待してしますのは間違いと言い切れるでしょうか?当然、気温上昇(気候変動)により、植物が適する地域・季節も変化することでしょうが、植物全体の活性化は無視できないでしょう。

少し話が逸れたかもしれませんが、次回も頭の体操を続けたいと思います。