目標設定と展開について
目標設定と展開について~欧米での経験から~
1.総論 2.各論 1)目標設定のやり方 ①事例1、②事例2 2)目標達成に向けた展開方法 ①目標設定と課題分析、②展開方法 3)個別目標と全体目標について |
1.総論
事業計画の作成は、まず会社の目標を明確にすることから始まります。会社レベルの目標に加えて個人レベル、さらには地域別や時間別など、より具体的な目標を立てることが求められます。
目標設定について経営の本をひもとくと、SMARTという言葉が出てきます。SはSpecific(具体的に)、MはMeasurable(定量的に測定できるように)、AはAchievable(達成できるレベルに)、RはResult oriented(最終目標への関連づけ)、TはTime setting(達成時間を設定)、となります。こうしたビジネススクール的な概念を頭では理解していても、いざ現実に、目標を立てて進めようとすると中々容易ではありません。
また、目標設定は、やり方次第では目標を付与される側のモチベーションと深く関係しています。基本的に、目標をつくる側は高目の目標を設定し、実行する側はやらされ感や負担の公平感に不満を持ちやすい構図となります。特に、日本の会社では、大体において高い目標を設定する場合が多いようです。チャレンジングな目標を設定することで、通常のやり方では上手くいかない状況を作り出し、知恵を懸命に出させることで会社を強くしていこうという意図からでしょうが、真面目な部下が一生懸命に努力しても、今一歩達成には及ばずというケースが起こります。こうした場合、マネジメントは「よく頑張ってくれたが、今一歩の未達に終わった。次回は必ず達成しよう。」と残念と言いたいのか、激励しているのか、良く判らない言い方をします。そして、いつの間にか未達が常態化してしまい、会社の目標とはこういう性格のもんだ、と捉えてしまう人達もたくさん見てきました。
では、会社の運営で予算や時間に制約がある中、適切な目標を設定して、担い手となる人々の納得と協力を得ながら達成するためにはどうすれば良いのか、小生の限られたビジネス体験を交えながら、アイデアの一端をご紹介したいと思います。
2.各論
1)目標設定のやり方
私は日米欧で自動車ビジネスに従事した際に、この目標設定の仕方が欧米では少し違うという感覚を持つことが多くありました。まず米国での体験談から話を進めます。
①事例1
自動車販売では、年間の販売目標を設定し、さらに月ごとの目標に分けることで毎月の進捗状況を管理します。まず年間の目標数字の置きかたですが、利益計画から高めの数字を達成したい日本側と、販売店に無理な押し込み販売をさせたくない米国側の間で、大きな乖離が生まれます。このため、論理的に攻めてくる日本側に対し、米国の販売現場の状況を伝えて何とか納得してもらうための調整交渉がいつも必要となります。さらに、毎月の販売計画でも米国サイドは、当初月に極めて控え目な目標数字を設定し段階的に高めていくような月度計画を作ります。米人パートナーが、スタート月の目標をあまりに低く設定しようとするため、これでは控え目の年間目標すら達成が覚束なくなると不安になった私は、傘下の販売店に頑張ってもらうために、もう少し高い目標を設定してはどうかと強く異を唱えました。
彼の返事は、「我々はほめられることで頑張りを引き出す文化だ。最初のハードルを小さくすることで達成を容易にして、よく出来た、我々は成功していると認め合い、今の進めかたに自信を持つ。これが次の成功の弾みをつけるんだ。」という返事でした。日本側からは、本当にそんな低い数値でスタートして大丈夫か、至急見直しされたしという要請がきます。日米の違う見解に挟まれながら、日本側には今後数字を大きく引き上げていくから信頼してほしいと説得し、米人側には上手くいかない場合に備えてバックアッププランを用意してほしいと頼むことで、何とか両方に納得してもらえるよう、調整に必死になる毎日でした。
毎年、販売計画の策定の時期になると、米人のつくる目標設定にハラハラしながらも、米人サイドに立って日本側を説得する、というのが年中行事だったように思います。では実際の販売実績はどうだったかと言えば、月毎の販売結果に山谷はあったものの、締めてみると、目標を上回ることで年間の販売記録を更新することができていました。
目標のハードルを低く設定して少しずつ上げていくやり方が、最初から高い目標を与えて頑張らせるやり方より優れている、と言いたい訳ではありません。ビジネスは置かれた局面や環境によって、適切なやり方は変わります。大事なことは、現場の意見に素直な気持ちで耳を傾け、その妥当性を自分が納得したら、事前に想定していたことを見直す勇気を持つ、そして柔軟に対応していく、といった姿勢ではないかと思います。
②事例2
もう一つ思い出すことがあります。毎月初めに、大きな紙を貼りつけたボードが営業フロアの隅に用意され、紙には一本の縦線が書いてあり、線の中ほどに当月の販売計画台数を示すマークが数字とともに記入されていました。参加を希望する人間は1ドルを出し予想販売台数と自分の名前を縦棒の上下に記入し、実際の販売台数に一番近い数字の人間が総取りする、という仲間内の小さな賭けゲームでした。そして、いつも決まって販売統括の米人副社長の名前と数字が、計画よりもはるか上の位置にありました。全員が見るボードですので、地区担当部長クリスの名前があると販売店に手応えを感じているんだ、とかマーケティング担当課長ジムの名前を見つけて今月のTVコマーシャルに自信があるんだな、と名前と数字を見合わせながら、フロアに集まったスタッフ間でワイガヤと声が起きます。とにかく販売統括者の数字が目茶苦茶高いわけですから、同調圧力が生まれて計画より低い数値は書きにくい状況です。部長や課長がそういう読みならばスタッフ達も、もうひと頑張りすれば上の数字が狙えるのではという思いが生まれ、フロア全体にやれるんじゃないかという熱気が広がります。これはほんの一例ですが、部下のモチベーションを奮い立たせるため、米人マネジメントの様々な工夫の積み重ねには、本当に感心させられたものです。
改めて思うことは、目標達成には「祭り」のような明るく元気な勢いが必要なこと、達成しようという緊張感は必要ですが気難しい面持ちで追い込んでもほとんど役に立たないこと、最後は現場の声を信頼し応援すること、などです。目標の展開にあたり、実施する現場の人の気持ちを考えて進めることが、達成のためには本当に重要だと思います。
2)目標達成に向けた展開方法
①目標設定と課題分析
ヨーロッパでは、こんな経験をしました。通常、会社は複数の目標を設定します。例えば、販売台数を増やすこと、コスト低減をすること、技術力を向上させること、品質を改善すること、といった具合です。普通、こうしたベクトルの異なる目標を同時に達成させようとすれば、実行を担当する人の目からは大変な無理難題に映り、強い反発が起きかねませんが、貴方ならば社内のメンバーをどう説得しますか?
話を単純化するために、販売台数(販売促進費用)と販売品質向上(顧客満足度費用)の二つに絞って考えます。一定のコスト制約下では、予算の限度枠が決まっていますから、顧客満足度向上策に費用をかければかけるほど販売品質は向上しますが、一方で販売促進費が減るため、販売台数が低下します。逆に、販売促進費を増やせば台数は伸びますが、販売品質は後回しになり長期的に問題を引き起こします。従って、販促費用と顧客満足向上費用の組合せは、コスト制約線上を左上から右下の間を動くことになります。(図1)
勤めていた会社は、全方面で改善活動を強力に推進しており、欧州統括会社で働いていた私も、各国の販売責任会社に対して、予算を絞りながら、販売台数増加と顧客満足度を同時に向上してもらうことが、仕事の一つでした。
厳しい会社方針を説明するため資料を準備していましたが、実際に方針を実施し、販売店に展開しなければならない各国販売責任会社の立場から見れば無理な要求に映り、優先順位をつけるべき、などという反発が当然、想定されました。会社方針は、統括会社から各国販売責任会社、各国販売責任会社から各国販売店、と隅々まで浸透させることが必要であり、各国販売責任会社の納得感を得られないまま展開してしまうと、末端の販売店担当者でも本気の取組みにならず、お客様は販売店の表面的な対応のいい加減さにすぐに気づき、実効性のないものとなります。
②展開方法
統括会社が親会社風を吹かせて、実際に現場を動かす子会社に無理難題を押し付ける形では実効が上がらず不満が残るだけです。子会社マネジメント全員が心からヤル気になってもらうには、さてどうしたものかと悩んでいたところ、事前の打合わせ会議の中で、上司のギリシア人から、次のような助言をもらいました。両方の目標を一度に達成することは、確かに一見すれば無理な依頼のように聞こえるかもしれないが、販促費の効率化や顧客満足度活動のやり方次第では、生産性は向上できるはず。そうすればコスト制約線は直線ではなく外側に膨らむ曲線(点線)となり、販売台数も販売品質も共に改善させることが期待できる。(図2)各国代理店トップには、この生産性向上に知恵を出して欲しいというメッセージにしてはどうかというものでした。
確かに、その通りだとストンと腹落ちしました。単に目標を伝えるだけでは、お願いという形になり、依頼や指示を受けたものは“やらされ感“が残ります。しかしながら、目標達成の進め方に焦点を当てて、実行者の自主性や指導力に訴求すれば、”目標のオーナーシップ“が生まれて、大変効果があります。そして、現場の末端まで浸透させるためには、目標達成へのトップの真の本気度を示し、こうやれば達成の道筋はつけられるという具体的なアイデアを一緒になって考える雰囲気をつくっていけば、全員の気持ちを一つにすることが可能です。
いつの時代でも、会社の経営資源には限りがあり、制約の中でどうやってヒト、モノ、カネを最大限に活用するかが問われます。一見すると排反関係にあるように思える複数の目標設定でも、生産性向上の具体的なやり方にまで踏み込んで皆の意識を集中させると、達成の具体的なアイデアが生まれて、矛盾は解消される場合があります。もしも複数目標の展開に悩まれたら、こうしたアプローチも検討されてはいかがかと思います。
3)個別目標と全体目標について
個別目標と全体目標について、話してみたいと思います。
ある時、日本から役員を呼んで、アリゾナで米国自動車記者に対し、最新自動車技術の試乗展示会を実施する機会がありました。事前ブリーフィングで一連の段取りや出席者を説明していた際、資料パッケージに名札と荷物用のタグが二つずつ用意されているのを、役員が見つけると、「無駄なことをするな」と指摘を受けました。米人に二つ用意した理由を聞くと、試乗会用テストコースと展示会場のホテルが2時間以上離れているため、万一に備えて二つずつ用意したとのこと。コスト管理に大変厳しい会社でしたので役員の指摘は尤もだと思い、役員は一つで良いそうだ、と一組を米人に返却しました。
そして、テストコースでの試乗会が無事終了し、街中のホテルに戻って展示会兼夕食懇談会開始まで1時間前となった頃、当の役員からきまり悪そうに、名札をテストコースに忘れてきたから至急手配をしてほしい、と依頼を受けました。米人に事情を説明すると、返却されたものは既に処分して手元にないが、バックアップ対策としてKinko’s(事務用品専門の大手チェーン)の場所を事前に確認してあるのですぐに作成できると思う、と拝みたくなるような有難い返事が返ってきました。結局、何事もなかったようにスムーズに試乗展示会は終了したわけですが、この件は私に深く考えさせられるものがありました。
最重要のコスト合理性に焦点を当ててキチキチで計画を進める日本人の発想と、計画全体を俯瞰しながらミスが起きることを前提にして2重3重の冗長性を敢えて用意する米国人の発想には、大きな彼我の差があること、少し大袈裟かもしれませんが、第二次世界大戦でも、絶対的な国力の差があるにせよ、フェイルセーフという実行計画に余裕の幅を持つ思想の有無も影響したのでは、などと思いが及ぶものでした。
目標の達成に向かっては、重要目標だけに目を奪われることなく、潜在的リスクにも充分に目配りした上で、全体の目標をバランス良く設定することが必要だと思います。