インドネシアあるある
筆者は1993年~98年、2012年~15年の期間、足かけ9年間インドネシアの首都ジャカルタに駐在しました。
海外で働きたい、今やっている仕事を海外にて展開したい、と希望する人は多いと思います。しかしながら、海外のどこの国や地域においても独自の文化や国民性があり、現地の実情を考慮しないでビジネスを展開しても成功はおぼつきません。そこで、今回は、インドネシアについて少し紹介してみたいと思います。
まず、「インドネシアあるある」です。
あるあるその1:「ジャカルタの交通渋滞はひどい」
・ジャカルタの交通インフラは充実していないため、自動車での移動が大半になります。2019年に鳴り物入りで都市高速鉄道(MRT)が開通しましたが、幹線を走るのみで距離も短く、移動したい場所の近くまで連れてってくれないので利用客は1日10万人程度です。因みに東京のメトロ利用客は1日700万人超です。幹線道路は、朝夕の出勤時間帯はもとよりデイタイムも四六時中渋滞しています。頻繁に発生する豪雨(後述)の後はもっと悲惨な状況になります。
・ジャカルタのビジネス街のど真ん中、全長4km程度のスディルマン通りの東西に財閥系や日系含む多くの大企業がはいる高層ビルが並んでいますが、信号は殆ど無く、右折(インドネシアは車は左側通行)は出来ず、Uターンするためには側道を経由するしかありません。その結果、道の反対側のすぐそこに見えるビルに行くにも30分、ひどい時には1時間以上かかったりします。日本からの出張者をより多くの顧客に案内しようと張り切ってアポを入れまくる駐在員は、必ず失敗します。
・道路を渡れば良いでは無いか…と考えるのはもっともですが、まず、歩道は穴ぼこだらけ(水道管や何やらの工事の放ったらかしなのか冠水によるものなのか?)なので注意して歩かないといけないです。スマホ片手に歩くのは厳禁・危険であり、足下に注意しないと簡単に穴ぼこに躓くか落っこちる、という具合で、およそ快適な歩道ではありません。さらに、ジャカルタは一昔前の日本の都市部と同じで、ドライバーのマナーは悪い、渋滞でイライラしていることもあってクラクションは鳴らしまくるし、車間距離も詰めまくるしと、通常の神経ではとても道路を渡る気になりません。
横断陸橋は無いのか… 要所にはありますが現地の人は誰も使いたがらないのでひと気が無く、結果として物盗りが潜んでいたりします。迂闊に横断陸橋を使わないことをお薦めします。
あるあるその2:「バイクタクシーが流行っている」
・上記混雑を避けて事務所前まで乗り付けるため、現地の人たちは、OJEK(オジェック)なるバイクタクシーを利用することが多いです。駅前、官庁街・ビジネス街のビルの前など、至る所にバイクが並んでおり、後ろに乗って目的地まで向かう訳です。ジャカルタに行くとやたらと二人乗りのバイクが多く、特にうら若き女性が後部座席でドライバーにしがみついている姿をみかけます。恋人同士、あるいは仲の良い兄妹が多い街だなあ。。と勘違いしますが、そんなことは稀であり、OJEK利用者が多いということなのです。
・このサービスを法人化して提供しているのがGOJEKという会社です。ドライバーによる強盗やぼったくり(有りがち)を企業責任とドライバー教育により解消し、さらに2015年からはアプリを開発し、スマホからの予約・呼び出しが可能になって、表舞台に登場しました。同社は、上場を目指しているという話も聞きます。
・なお筆者はやむを得ず個人のOJEKを利用したことが数回ありますが、短距離ならともかく20分以上乗っているのは「勘弁してくれ」となります。私は体格が良いので強盗・ぼったくりは免れましたが、なんせ上述のマナーの悪い自動車の合間を縫って走る訳ですから神経が休まる暇がありません。
ジャカルタは都市圏人口34百万人で世界第2位です。ちなみに第1位は東京~横浜(38百万人)ですが、東京~横浜の40%の面積にほぼ同じ数の人が生活しているのです。渋滞しない訳がないですね。
あるあるその3:「毎日ゲリラ豪雨が発生する」
・日本では最近はよく目にしますが、ジャカルタのゲリラ豪雨は、そのゲリラ具合と頻度が日本と全く違います。
さっきまでピーカンの晴天だったのに、一瞬にして黒雲たちこめ、雷鳴がとどろき、大豪雨となります。でも30分も経たないのに、もとの晴天に戻ったりもします。
・豪雨をもたらす黒雲は小さくて動きが早いです。ゴルフをしていた時、ティーショットを打ち終えて歩き始めるとキャディが傘を差しだしたので、え?とキャディと目が合うとグリーンの方を指し示しました。同じホールの400ヤード先のグリーン上は大豪雨でしたが、黒雲は私達の頭上を通り越していったので私達がグリーンに上がった時には傘はたたんでいた、なんてこともありました。大きな道路の片側の路上はビショビショ、反対側は濡れていない、なんてこともあります。
・マンションの上層階に住んでいると夜中の豪雨時には四方八方で雷光がきらめき、それもゲーム・アニメ・特撮映画のCG処理の如き立派な雷光で、それは壮観です。雷嫌いにはたまったものではないですが。
ジャカルタは赤道直下、ジャワ海に面した熱帯気候のど真ん中の都市です。海からあがる水蒸気をたっぷり貯めこんだ雲は南に流れる途中でもたなくなって豪雨をはきだすのです。
あるあるその4:「短縮して『ネシア』と呼ばない方が良い」
・意外と意識されていませんが、「ネシア」と呼ぶと侮蔑語になります。昔、日本や隣国でもそんな短縮形の呼び方がありましたがそれと同じです。そんなに嫌な顔はされないと思いますが、心の中で馬鹿にされていると思われてしまいますので要注意です(因みに、バングラデシュを「バングラ」と呼ぶのも同じです。)。
・では短縮して『インド』かというと、そんな呼び方は聞いたことがありません。Indo Mi(インドミー、インスタントラーメン最大手です)、Indo Cement、Indo Mobileなど社名に「Indo」を用いる会社はたくさんありますが、自国名を『インド』という人はいません。インドネシアと略さずに呼びましょう。なお、我々のよく知るインドの英語名はインディア。社名に国名をつける場合はIndean ○○になります。
インドネシアとはマレー語で「島のインド」の意味で、歴史的にその文化的母国でもあったインドとの関係から来ている国名です。インドネシアの国旗は上下二筋の赤と白、これはヒンドゥー教の神ビシュヌの特性である勇気と純潔を象徴しています。またその国章もヒンドゥー教の神鳥であるガルーダが翼を広げた姿を示しています。
インドネシアの宗教分布はイスラム教徒が87.2%で、ヒンドゥー教徒はわずか1.6%に過ぎませんが、ヒンドゥー文化がインドネシア独立の前からその地に根付いていた、特に文化的中心であり最大人口の住むジャワ島に顕著であるということから、採用されたと思われます。
インドネシア国営航空会社の名前もガルーダです。お土産物屋にもガルーダの木彫りは多くみかけます。
次は、「インドネシア人あるある」です。
あるあるその1:「とにかく時間にルーズである」
・まあ時間を守らない。出勤時の遅刻、アポイント時間の遅れやすっぽかしは良く起こります。理由を問うと、多いのが「渋滞していたから」というものです。渋滞は当たり前なのだから早めに出るとかはまずありません。多分考えもしないのでしょう。
・インドネシア語にbesokという言葉があります。直訳すれば「次の」という意味です。hari besok は明日(次の日)、minggu besok は来週(次の週、以下同様)、bulan besokは来月、tahun besokは来年といった具合です。ところが、日常会話では明日という意味で使われることが多いです。辞書アプリ等でも平気で「besok=明日」と掲載されていたりします。文法的にきちんと言えばhari besokとなるはずで、hariがついていないbesokは「明日」ではなく、「次の」○○になるはずですが。
仕事を完了せず帰宅しようとするスタッフに「あの仕事はいつ出来るんだ?」と問いかけると「besok yah~」との回答。ああ、明日には出来るのかと安堵するも束の間、翌日全く同じシチュエーションで問いかけても、悪気も申し訳なさも無い顔で「besok yah~」の繰返しです。
締切りや決め事にもルーズです。こちらの勘違いを利用されている様な気もしますが。
インドネシアは5,110kmと東西に非常に長く連なる、1万3,466もの大小の島により構成された、世界最多の島嶼を抱える島国です。島々は赤道にまたがっており、その気候は熱帯気候になります。基本的に高温多湿で雨季には大量の雨が降ります。ユーラシアプレートやオーストラリアプレート、太平洋プレート、フィリピン海プレートなどが混在・隣接する、環太平洋火山帯(環太平洋造山帯)の中にあり、そのため国内に129の活火山を含め火山が大変多く地域の土壌の肥沃化にも役立ってきました。基本的に農業国、米や野菜、果物は豊富にとれ、漁業も盛んです。
要するに、ガシガシ・きりきりやらなくても、衣食住に困らないのです。
極端な言い方になりますが、暑ければ服を脱げばよい、米と野菜は簡単に手に入るのでお腹がすいても食物には困らない、という訳です。因みにスポーツも流行っていません。特に屋外系はそうです。理由を問えば「暑いから」と当然といえば当然の答えが返ってきます。
あるあるその2:「親切な人が多いが、あまりあてにしない方が良い」
・ショッピングセンターとかで、店員さんに趣旨が伝わらなくて困っていたりします。するとどこからともなく誰かが寄ってきます。こちらの話を聞いてくれます。でも、何もせず微笑みながらそのまま去っていきます。えっ?何だったの?みたいなことになります。
なお、大都市の例にもれず、物取り・スリ狙いで寄ってくる人も多いので、去っていかない場合は要注意です。
・インドネシアの住所は通りの名前と番地(例えば、Jalan Mustika 50)で構成されていますが、50という番号の振り方が結構いい加減だったりして、大きなビルならいざしらず、2階程度の事務所だと目的地が分からなくなることが多々あります。そんな時はドライバーが店舗に寄ったり、事務所には大抵いる守衛をつかまえて道を聞きますが、皆必ず親切に教えてくれます。車に残っている私を見て会釈をしたりしてくれます。ところが、その情報が全くあてにならないことが多いのです。同じ場所を行ったり来たりすることはよくあります。
あるあるその3:「人前で怒らない方が良い」
・仕事でミスをした人を皆の前で怒る、これは本人へ強く反省を促すと共に、周囲への注意喚起だったり、敢えてやることで士気を高めようとしたり、とかを狙って日本でもやったりしますね。これはインドネシアでは厳禁です。職場の上位者であろうと下位のスタッフであろうと厳禁です。その場では、本人は謝ることは勿論、口ごたえも怒った素振りもしないと思いますが、プライドを傷つけられ相当頭にきています。怒られた理由や指示は何も頭に入っておらず、皆の前であなたが私を怒った、ということだけが残ります。さらに周囲も本人への同情心が強く、あなたは嫌な性格でボスとして適切でないとまで思われたりします。
・かわりに、本人をそっと呼び出して、皆のいない所で「さっきは皆がいたので言わなかったが、これは駄目だ、こうしろ!」と伝えれば、きっと謝ります。あなたは部下のことをよく気にかけている良い上司だということになるのです。お喋り・世間話好きのインドネシア人の間では皆のいない所で怒ったという気配は周囲に必ず伝わります。まわりのあなたを見る目も悪くはならないのです。
前述の通り、インドネシアは群島国家であり、また火山国でもあります。
群島間の海域により、また山々・森林により閉じられた共同体が多く、200近くの民族が存在し、口語レベルでは500以上の言語が使われています。個々の集落に親戚一同の大家族で住むというのが普通なのです。親密かつ平和な空間で育ってきた人たちは人前で怒られることに慣れていません。
さらにジャカルタの様な都市に出てきている人達は、そんな共同体のエリートです。仕送りしたり田舎に家を建てたり、なんて話もよく聞きます。集団から託されたエリートは当然プライドも高くなるのでしょうし、怒られることに慣れていないのでしょう。
あるあるその4:「Family Name(日本で言う苗字)が無い」
・インドネシア人にはFamily Nameが有りません。名前は個人に固有の名前がつけられます。同様の例は、世界でもビルマ、マレーシア、アフガニスタン、一部のパキスタンやラオスに限られ、珍しいといえます。 またその名前は一語でも、二語でも、三語でも良いと、決まりはありません。例えば独立時の最初の大統領はSoekarno、二代目大統領はSoehartoと共に一語、三代目大統領はBacharuddin Jusuf Habibieと三語です。
名前のつけ方は、各部族のもつ伝統・文化や、イスラム教・ヒンドゥー教・仏教など多様な宗教の影響が絡みあって現在に至っていると推測されています。地域により法則性が見つかる例もあるということの様です。
・なお、中国系(華僑系)の人はこれから全く外れます。我々の親しんだファーストネーム・ファミリーネームになります。
あるあるその5:「自国を大事に思い、自国に誇りを持っている」
・前述しましたが、困っていると必ず誰かが声をかけてくれます。電車の中では老人や女性に気づき直ぐに席を譲ります。大半の人が笑顔でそれを実行します。日本人、特に都会人には考えられないくらい親切です。
・職場やプライベートの場で、何かを決めようとする時、誰かが自分の意見を言う時、何か普段と違うことをした時、会議なら出席者が、オープンな場所なら場に居合わせた人が、なにかしらの意見を言います。真っ向から対立する意見は出てきませんが、修正・補足を促す意見も結構、遠慮なく出てきます。そうして話がまとまっていきます。そして、自分の意見が採用・考慮されずにまとまっても、意見を出した人は決して文句を言わず従います。
・日本人にせよ欧米人にせよ、インドネシア語を話せる人、インドネシアを好きだと言う人、
インドネシア料理を試して喜ぶ人、インドネシア文化を理解しようと色々質問する人、そんな人たちのことが大好きです。本当に嬉しそうに応対してくれます。照れたり謙遜したりはしますが、シニカルな対応にはお目にかかったことがありません。特にインドネシア語、「Apa kabar ?」(お元気ですか?)「Terima kasih」(ありがとう)あたりを頻繁に繰り返していれば、インドネシア語が上手だと誉めてくれます。
前述の通り、インドネシアには200近くの民族、500以上の言語(口語レベル)が存在しています。「多様性の中の統一」、これがインドネシア建国時(1945年のオランダからの独立時)以来の国是です。国として一つになり、独立を勝ち取り、存続していく為の絶対的スローガンだったのです。そして独立時に初代大統領スカルノが発表し、インドネシア共和国憲法の前文にも書かれた、建国五原則パンチャシラ(サンスクリット語で「5つの徳の実践」を意味します)は以下からなっています。①唯一神への信仰、②人道主義、③インドネシアの統一、④民主主義、⑤インドネシア全国民への社会正義。
日常の行動の中に、国是とパンチャシラの実践が現れています。独立時から現在に至るまで、これを選択し広めてきた為政者、それを理解し遵守・実践する国民、どちらも素晴らしいと心から思います。
最後に:
上記の中で、下線部分は書物やネット等で見つけることのできる固い情報です。
地理的要因と環境、歴史・文化がそこに居住する人々の性格・習性・行動を形づくる。
あ、なるほどと腑に落ちれば、それが理解の出発点になります。
海外で働くには、その地の人々と自分たちの違いを意識・認識し、それを認めた上で接することが重要です。それを少しでもお伝え出来ていれば幸いです。