ニューヨーク州司法試験の思い出

小室圭さんが受験されたニューヨーク州の司法試験を私も受けたことがあります。

米国の司法試験は州毎で実施され、ニューヨーク州で弁護士活動を行うためにはニューヨーク州の司法試験に合格する必要があります。受験するためには、原則としてロースクールで3年コース(JD)を終了する必要がありますが、外国の法学部を卒業している人等はロースクールの1年コース(LL.M.)を終了すれば足ります。多くの日本人留学生は1年コースを終了して受験しますので、小室圭さんのように3年コースを終了して受験するのは少数派です。ニューヨーク州の司法試験は毎年7月と2月に行われ、7月試験の合格率は例年70~80%といわれていますが、2020年はコロナの影響で7月試験が10月実施となったこともあってか、85%(外国人は70%)だったようです。私が留学していたロースクールでは、3年コース(ほとんどが米国人)の合格率は90%と言われていましたが、1年コース(ほとんどが非米国人)の合格率はそれより低く、私の周りの日本人のうち法曹関係者(裁判官・検察官・弁護士)でない人の合格率は半分くらいでした。今年の合格率は63%と報道されていますが、これが正確だとすると、例年よりは難しかったんですね。

多くの受験生は、5月にロースクールを卒業した後、最初の1ヶ月は司法試験予備校(BarBri)の講義を聴いて勉強します。ニューヨーク市内にある司法試験予備校に通えない受験生には、司法試験予備校の講義内容のビデオが1週間遅れで届きます(現在はオンラインかもしれませんが)。司法試験問題はロースクールで習っていない幅広い分野から問題がでるため、司法試験専門の予備校が作成したテキストで勉強するのが効率的といえます。このテキストは厚さ5センチの電話帳くらいのボリュームがあり、これを2冊、ひたすら暗記することになります。

司法試験予備校の講義(1ヶ月)でテキストを一通り勉強した後、テキストの最初から読み返し始めたのですが、1ヶ月前に講義で習った内容をほとんど覚えていないことに愕然としました。試験まではあと1ヶ月しかないのに。。。2週間かけてテキストの2巡目を終えましたが覚えているのは半分くらいで、さらに1週間かけて3巡目を終えても覚え切れていないという状態でした。最後の1週間をどう過ごしたのかはっきり覚えていません。「ニューヨーク司法試験は、頭の上のたらいに詰め込んだ知識をこぼさないように試験会場まで運ぶようなものだ。」と当時言われていましたが、私の人生で、覚えるべきことを覚えきれないまま受けた唯一の試験、そして忘れがたい試験となりました。

出願時期が遅かったためか、私の試験会場はニューヨーク市内ではなくニューヨーク市から200キロメートル以上離れた州都アルバニーになりました(ニューヨーク市は州都ではないのです)。試験当日に自宅から試験会場に向かうことは無理なので、ニューヨークで知り合った企業からの留学生と一緒にアルバニーに前泊し、試験当日彼の車でホテルから数キロ先の試験会場に向かいました。雲一つないブルースカイにまっすぐ延びるハイウェイはなかなかの壮観でした。ところが、なんと、車がハイウェイ上で止まってしまいました。ハイウェイを通り過ぎる車に「司法試験会場まで乗せてって」と紙に書いたものを見せて叫ぶのですが、東洋人が叫んでいるのをいぶかしく見る人はいても、誰も立ち止まってくれません。結局、日本のJAFみたいな業者に頼んで試験会場に着いたのは、試験開始から1時間後でした。

私の頃の試験は、午前中に択一試験(3時間)、午後に筆記試験(3時間?)となっていました。択一試験は200問あり、その6割を正解しないと筆記試験が採点されない(つまり120点が足切り点)と言われていました。択一試験は4択で、各問題文ではPで始まる人物(Paul等)とDで始まる人物(David等)が必ず登場して原告(Plaintiff)側と被告(Defendant)側がわかりやすくなっていますが、多くの日本人にとっては、英語の問題を解くこと自体が大変で、時間内に解き終わるので精一杯でした。にもかかわらず、3時間の択一試験に1時間遅刻した訳です。「終了30分前」というアナウンスがあったときにまだ3分の1くらいの問題が残っていました。その後もギアを上げましたが残り1分のところで20問くらい残ってしましたので、あとはABCDのどれにするかを決めるしかなく、ひらめきというかやま勘というか、全て「D」を塗りつぶしました。午後の筆記試験は問題なく書けたと思っています。過去問を練習したときは200問を解くのにギリギリ3時間かかっていたので1問当たり54秒のスピードでしたから、2時間で180問ということは1問当たり40秒で解いたことになります。火事場の馬鹿力を発揮はしたんでしょうが。。。

秋になって、司法試験委員会から封筒が届き、択一試験の得点が足切り点まで5点足りなかったことを知りました。なぜかその年の最後の20問には「A」の正解がやたら多かったので、あそこで「D」でなく「A」にしたらひょっとして受かっていたかもしれません。という訳で、私は翌年2月に再受験するはめになりました。

当時研修していた法律事務所のボスに試験結果を報告したところ、私のように1時間くらい遅刻したけれども合格した日本人が過去にはいたとのことですので、不合格だったのは私の能力不足ということですね。

私は、自分への罰(?)として、研修中の法律事務所での勤務時間は再受験の準備には充てないこととしました(再受験のため研修先の法律事務所を休んで一日中勉強時間に充てた人もいたようですが)。7月の試験ではメインの分野からの出題が多かったですが、2月の試験では周辺分野からの出題も結構多かったので、2回目であっても準備の労力はさほど変わらないというのが私の感想です。

電話帳2冊分の「くそ」暗記、ハイウェイでの故障、絶望的状況での択一試験、再受験の孤独感等、大変な思いをしましたが、今となっては懐かしい思い出です。小室圭さんは2回目を目指されるとのことですが、無事合格をお祈りします。