健康保持増進(ヘルスケア)対策

近年の高年齢労働者の増加、急速な技術革新の進展等の社会経済情勢の変化、労働者の就業意識や働き方の変化、業務の質的変化等に伴い、定期健康診断の有所見率が増加傾向にあるとともに、心疾患及び脳血管疾患の誘因となるメタボリックシンドロームが強く疑われる者とその予備群は、男性の約2人に1人、女性の約5人に1人の割合に達しています。また、仕事に関して強い不安やストレスを感じている労働者の割合が高い水準で推移しています。このような労働者の心身の健康問題に対処するためには、早い段階から心身の両面について健康教育等の予防対策に取り組むことが重要であることから、事業場において、 全ての労働者を対象として心身両面の総合的な健康の保持増進を図ることが必要になります。事業場において事業者が講じるよう努めるべき労働者の健康の健康保持増進のための措置(労働安全衛生法70条の2第1項)については、「事業場における労働者の健康保持増進のために指針」が公表されていますので、以下概説します。

1.基本的考え方  2.健康保持増進対策 (1)健康保持増進方針の表明 (2)推進体制の確立 (3)課題の把握 (4)健康保持増進目標の設定 (5)健康保持増進措置の決定 (6)健康保持増進計画の作成 (7)健康保持増進計画の実施 (8)実施結果の評価  3.メンタルヘルス対策 (1)ストレスチェック制度 (2)調査票 (3)高ストレス者の選定方法

1.基本的考え方

(1) 健康保持増進措置は、主に生活習慣上の課題を有する労働者の健康状態の改善を目指すために個々の労働者に対して実施するものと、生活習慣上の課題の有無に関わらず労働者を集団として捉えて実施するものがありますので、これらの措置を効果的に組み合わせて健康保持増進対策に取り組むことが望ましいといえます。

(2) 労働者の中には健康保持増進に関心を持たない者も一定数存在すると考えられるため、労働者が健康保持増進に取り組む文化や風土を醸成していくことが望ましいといえます。

(3) 労働者が高齢期を迎えても健康に働き続けるためには、心身両面の総合的な健康が維持されていることが必要であり、加齢とともに筋力や認知機能等の心身の活力が低下するフレイルやロコモティブシンドロームの予防に取り組むといった視点を盛り込むことが望ましいといえます。また、加齢に伴う筋力や認知機能等の低下による転倒等の労働災害リスクを低減するための対応も必要です(高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン参照)。

2.健康保持増進対策

事業者は、健康保持増進対策を中長期的視点に立って、継続的かつ計画的に行うため、以下の項目に沿って積極的に進めていく必要があるとされています。

(1)健康保持増進方針の表明

事業方針の一部として、事業者が事業場における労働者の健康の保持増進を図るための基本的な考え方(健康保持増進方針)を表明することが重要です。これには、事業者自らが積極的に支援すること、労働者の健康保持増進を図ること、労働者の協力にもとに実施すること、健康保持増進措置を適切に実施することが含まれます。

(2)推進体制の確立

事業者は、事業場内の健康保持増進対策を推進するため、その実施体制を確立する必要があります。これは大きく分けて事業場内の人的資源と事業場外の資源があります。

(a)事業場内の人的資源としては、産業医等、衛生管理者等、事業場内の保健師等の事業場内産業保健スタッフ及び人事労務管理スタッフ等が考えられます。また、労働者に対してメンタルヘルスケアを行うことができる者等の専門スタッフを養成し、活用することも有効です。なお、これらの人的資源は、専門分野における十分な知識・技能と労働衛生等についての知識を有していることが必要であるため、研修機会を与える等の能力の向上に努めるべきです。事業場内に相談窓口を設置することも重要です。

(b)事業外の資源としては、労働衛生機関・中央労働災害防止協会・スポーツクラブ等の健康保持増進に関する支援を行う機関、医療保険者、地域の医師会や歯科医師会・地方公共団体等の地域資源、産業保健総合支援センター等の、専門的な知識を有する各種の資源が考えられます。

(3)課題の把握

事業者は、事業場における労働者の健康の保持増進に関する課題等を把握し、健康保持増進対策を推進するスタッフ等の専門的な知見も踏まえ、健康保持増進措置を検討すべきであり、労働者の健康状態等が把握できる客観的な数値等を活用することが望ましいといえます。

(4)健康保持増進目標の設定

事業者は、健康保持増進方針に基づき、把握した課題や過去の目標の達成状況を踏まえ、健康保持増進目標を設定し、一定期間にそれを達成すべき到達点を明らかにすべきです。

(5)健康保持増進措置の決定

事業者は、表明した健康保持増進方針、把握した課題及び設定した健康保持増進目標を踏まえ、事業場の実情も踏まえつつ、健康保持増進措置の具体的内容を決定することになります。

(a)健康指導の実施

労働者の生活状況・希望等が十分に考慮され、運動の種類及び内容が安全に楽しくかつ効果的に実践できるよう配慮された運動指導、ストレスに対する気付きへの援助・リラクセーションの指導等のメンタルヘルスケア、食習慣や食行動の改善に向けた栄養指導、歯と口の健康づくりに向けた口腔保健指導、勤務形態や生活習慣による健康上の問題を解決するために職場生活を通して行う睡眠・喫煙・飲酒等に関する健康的な生活に向けた保健指導が考えられます。高年齢労働者の居住する市町村や地域包括支援センターに相談して一般介護予防事業等を利用することも考えられます。

(b)労働者の健康状態の把握

健康指導の実施に当たっては、健康診断や必要に応じて行う健康測定(健康指導を行うために実施される調査測定等:疾病の早期発見に重点をおいた健康診断を活用しつつ、追加で生活状況調査や医学的検査等を実施するもの)等により労働者の健康状態を把握し、その結果に基づいて実施する必要があります。健康測定には転倒等のリスクを確認する身体機能セルフチェック、加齢による心身の衰えを確認するフレイルチェック、移動機能を確認するロコモ度テストが含まれます。健康測定は、産業医等が中心となって行い、その結果に基づき各労働者の健康状態に応じた必要な指導を決定しますが、それに基づき、事業場内の推進スタッフ等が労働者に対して労働者自身の健康状況について理解を促すとともに必要な健康指導を実施することも効果的です。

(c)その他の健康保持増進措置

上記のほか、健康教育、健康相談、健康保持増進に関する啓発活動や環境づくり等も考えられます。

(6)健康保持増進計画の作成

事業者は、健康保持増進目標を達成するため、具体的な実施事項、日程等について定めた健康保持増進計画を作成することになります。これには、健康保持増進措置の内容及び実施時期に関する事項、健康保持増進計画の期間に関する事項、健康保持増進計画の実施状況の評価及び計画の見直しに関する事項が含まれます。

(7)健康保持増進計画の実施

事業者は、健康保持増進計画を適切かつ継続的に実施することになりますが、そのために必要な留意事項を定めるべきです。

(8)実施結果の評価

事業者は、事業場における健康保持増進対策を継続的かつ計画的に推進していくため、当該対策の実施結果等を評価し、新たな目標や措置等に反映させることにより、今後の取組を見直すことになります。

3.メンタルヘルス対策

(1)ストレスチェック制度

事業者は、労働者に対し、医師等(医師、保健師、指定の研修を修了した歯科医師、看護士、精神保健福祉士又は公認心理師)による心理的な負担の程度を把握するための検査(「ストレスチェック」)を行うよう努める義務があります(労働安全衛生法66条の10第1項、労働安全衛生規則52条の10)。事業者は、ストレスチェックを行った医師等から労働者に対しストレスチェックの結果が通知されるようにしなければならず、ストレスチェックの結果心理的な負担の度合いが高く面接指導を受ける必要があると医師等が認めた労働者が希望した場合は、医師等による面接指導をおこなわなければなりません(労働安全衛生法66条の10第2項、第3項、労働安全衛生規則52条の15)。事業者は、医師等による面接指導の結果に基づく労働者の健康を保持するために必要な措置について医師等の意見を聴取した上、労働者の実情を考慮して、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少等の措置を講ずるほか、当該医師の意見の衛生委員会若しくは安全衛生委員会(常時50人以上の労働者がいる場合は必須機関)又は労働時間等設定改善委員会(任意機関)への報告その他の適切な措置を講じなければなければなりません(労働安全衛生法66条の10第5項、第6項)。事業者は、医師等に、ストレスチェックの結果を一定規模の集団ごとに集計・分析させ、その結果を勘案し、必要に応じて、当該集団の労働者の実情を考慮して、当該集団の労働者の心理的な負担を軽減するための適切な措置を講じるよう努めなければなりません(労働安全衛生規則52条の14)。事業者は、労働者の同意を得て医師等から提供されたストレスチェックの結果の記録及び面接指導の結果の記録を5年間保存しなければなりません(労働安全衛生規則52条の13、52条の18)。

(2)調査票

医師等によるストレスチェックは調査票を用いて行いますが、調査票には、職場における労働者の心理的な負担の原因に関する項目、労働者の心理的な負担による心身の自覚症状に関する項目、職場における他の労働者による当該労働者に対する支援に関する項目が含まれる必要があります(労働安全衛生規則52条の9)。政府が公表している「職業性ストレス簡易票」は、上記必要項目をカバーしているので便利です。

https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei12/dl/stress-check_j.pdf

(3)高ストレス者の選定方法

次の①又は②のいずれかの要件を満たす者を高ストレス者として選定します。具体的な選定基準は、医師等の意見及び衛生委員会等での調査審議を踏まえて、事業者が決定します。

① 調査票のうち、「心理的な負担による心身の自覚症状に関する項目」の評価点数の合計が高い者

② 調査票のうち、「心理的な負担による心身の自覚症状に関する項目」の評価点数の合計が一定以上の者であって、かつ、「職場における当該労働者の心理的な負担の原因に関する項目」及び「職場における他の労働者による当該労働者への支援に関する項目」の評価点数の合計が著しく高い者

医師等による具体的な高ストレス者の選定は、上記の選定基準のみで選定する方法のほか、選定基準に加えて補足的に医師等又は医師等の指名及び指示のもとにその他の医師、保健師、歯科医師、看護師若しくは精神保健福祉士又は公認心理師、産業カウンセラー若しくは臨床心理士等の心理職が労働者に面談を行いその結果を参考として選定する方法も考えられます。