IPOをめざそう(その3)関係者の役割と選び方
今回は、IPOの準備に必要な関係者の役割と選び方について説明します。IPOには様々な関係者が上場申請会社をサポートしていくことになりますが、必ず必要となる関係者には、証券会社、監査法人、株式事務代行会社があります。そのほか、証券印刷会社、ベンチャーキャピタル、IPOコンサルティング会社、弁護士・税理士・社会保険労務士などの専門家が、必要に応じ登場します。必須となる証券会社、監査法人、株式事務代行会社と、ほとんどの会社が利用している証券印刷会社について説明していきます。
1.証券会社 (1) 主幹事証券会社、幹事証券会社、引受証券会社 (2) 主幹事証券会社の役割 (3) コンフリクト (4) 主幹事証券会社の選び方 2.監査法人 3.株式事務代行会社 4.証券印刷会社 |
- 証券会社
(1)主幹事証券会社、幹事証券会社、引受証券会社
IPOに際し証券会社は最重要関係者ですが、中でも主幹事証券会社がIPO準備の中心的な役割を担います。主幹事証券会社は、上場申請会社と併走し必要な助言やサポートを行い、上場準備開始から上場に至る最低でも3年程度の期間に渡るプロジェクトを組立て、ハンドリングしていきます。取引所への上場申請の際には、上場基準に適合する見込みがあると判断した旨と重点的に確認した事項を記載した「上場適格性調査に関する報告書」を取引所に提出します。また、上場時の株式の公募・売出しにあたり、公募・売出しの価格(公開価格)を決定し、株式の最も大きな割合を引受け投資家に販売します。証券会社はそのステイタスによって、主幹事証券会社、幹事証券会社、引受証券会社に分かれていますが、株式の引受けを行うのが引受証券会社、その中で会社と通常コンタクトを持ち、時によっては主幹事証券会社の補助的な役割を担うのが幹事証券会社です。主幹事証券会社、幹事証券会社は、会社四季報にも記載されています。
(2)主幹事証券会社の役割
以下では、時系列に沿って証券会社の体制も含め詳しく見ていきます。IPOには、証券会社の営業部門、公開引受部門、引受審査部門、アナリストが関与します。
最初に、営業部門が上場申請会社にコンタクトします。この部門の名称は証券会社によって様々ですが、証券会社の窓口となる部門で、上場申請会社とのリレーションシップを担います。IPOの可能性をある会社を発掘し、場合によってはIPOを促し、主幹事証券会社の指名を獲得することが第一の仕事になります。上場申請会社は、主幹事を決定した時、証券会社に対し主幹事証券会社に指名することを確約する書類(主幹事宣言書、マンデートとも言われる)を差し入れます。これによって、IPOの準備がスタートする訳ではなく、後々変更することも可能です。証券会社の中での営業部門の立ち位置は、上場申請会社寄りにあります。上場申請会社の状況や要望を公開引受部門や引受審査部門に伝えたり、逆に必要な場合は上場申請会社を説得したりする役割を果たします。担当者は、社長と深い信頼関係を作り、IPO以外のM&Aやビジネスマッチング、時には社長個人の相続対策や資産運用などの相談も受け、ニーズに対応できる機能部署につなぎます。担当者は、専門的な知識があればそれに越したことはありませんが、それよりも幅広い知識とリレーション構築の能力が必要となります。
次に、具体的な上場準備開始に際し関与を始めるのが、公開引受部門です。上場準備の助言やサポートを主に行う部門で、具体的には、事業計画の作成、予算実績管理の体制整備、上場準備のスケジュールの作成、社内規則整備や内部管理体制整備、ガバナンス体制整備、取引所の審査や取引所との折衝、資本政策の作成などについて、助言やサポートを行います。上場準備の開始にあたって、証券会社との間でアドバイザリー契約を締結します。費用としては、一般的に月額50万円程度のランニングフィーと500万程度の成功報酬が発生します。
最終段階で、上場申請会社が上場にふさわしいかどうか、上場申請会社の株式の引受けが可能かどうか、審査を行うのが引受審査部門です。引受審査部の審査は、半年程度の期間に渡り、上場申請会社から各種資料を受入れ、書面での質問、工場などへの実査、役員や担当者へのインタビュー、監査法人との面談などを通じて実施されます。引受審査部の指摘により、体制や書類の整備・修正を行うことも多く、取引所審査の事前準備的な役割を果たします。ただし、証券会社が引受け「可」と判断しても、取引所の審査が通らない場合もあります。証券会社は、上場時の株式の公募・売出しの際、株式を一旦引受けて投資家に販売します。売れ残るリスクを負うだけでなく、投資家に対し適切に情報を伝える責任があります。上場申請会社に粉飾決算や虚偽記載など大きな瑕疵があり、後日それが発覚し投資家が損害を被った場合、投資家から審査が不十分であったとして損害賠償請求を受ける可能性もあります。実際に損害賠償請求が認められた判例もあり、審査のスタンスは厳しくなっているといわれています。
(3)コンフリクト
証券会社は上場申請会社と上場という目標に対しての方向性は一致していますが、公開価格の決定という点ではコンフリクトが生じ得ます。上場申請会社は公開価格が高くなれば、公募増資によって会社に入ってくる資金は多くなり、既存の株主も売出しにより多くのおお金を手にすることにできます。一方、証券会社は、公開価格が高ければ引受けの際の手数料相当額(通常7~8%、証券会社の買取引受価格と公開価格の差額、スプレッド方式といわれる)も高くなるという点では利害が一致していますが、投資家に販売する間の市場変動リスクを抱え、高過ぎれば売れ残るリスクも大きくなります。また、公開後株価が下がれば、投資家に損失を与えることになります。そのため、公開価格を低く抑えようという方向に行きがちで、公開価格が低く抑えられ過ぎている、証券会社が優先的な地位を乱用しているのではないかと問題となりました。確かに、上場時の初値が公開価格の何倍にもなるというのでは、申請会社や売出しをした株主は納得できない部分があります。しかし、初値だけ吹き上がって、しばらくすると下がったままというケースもあります。公開価格より少し上で、上場時の初値が付きその後、会社の成長とともに上昇していくというのが理想ですが、絶対正しい株価など決められるものではありませんし、市場は上にも下にもオーバーシュートしがちです。個人投資家に多くの配分を行うという公開のしくみ自体を変えないと、なかなか解決できない問題かもしれません。
(4)主幹事証券会社の選び方
それでは、主幹事証券会社はどのように選んだら良いでしょうか。東京証券取引所は、主幹事証券会社が上場準備会社への指導や引受審査など重要な役割を担っていることから、主幹事証券会社としての充実した組織体制の構築を求めており、「主幹事候補証券会社リスト」をJPXホームページに記載しています(2023年4月1日現在、18社)。先述した通り証券会社に審査が事前審査的な役割を担っていることから、その経験や対応のノウハウが豊富な証券会社を選ぶのが賢明でしょう。実績でいえば、大手証券会社である、野村證券、大和証券、SMBC日興証券、みずほ証券、SBI証券あたりが無難な選択肢となります。販売力でも、大手各社にそれほど大きな違いは無いように見えます。アナリストの分析評価も踏まえバリュエーションをどう考えているか、どのような戦略で投資家に会社内容や成長性をアピールしていこうと考えているかという点も重要な判断材料となります。営業部門の担当者の熱意、担当者との相性、公開引受部門担当者の経験やノウハウも判断の要素になるでしょう。上場後、証券市場を利用し、更なる企業の拡大を考えているのであれば、上場後のフォロー体制も考える必要があります。ただ、時価総額が大きく期待できない場合やまだ上場の体制構築に大きな手間がかかりそうで、ハードルが高いと思われる場合は、大手証券会社では他の上場申請会社に比べ対応が劣後する可能性もあり得ます、その場合はあえて中堅クラスとコンタクトするという考え方もあるかもしれません。2、3社の候補証券会社から、IPOの体制や上場申請会社をどう見ているか(バリュエーションを含む)などについて提案を受けて、選ぶのが通常です。
- 監査法人
上場申請時に直前々期・直前期の2期間の財務諸表を取引所に提出しますが、財務諸表は監査法人による金融商品取引法に準ずる監査を受けていることが必要です。監査報告書は申請時に一括して提出されます。従って、直前々期の期初には監査法人と準備を始めていなければなりません。また、監査法人は、内部統制制度(いわゆるJ-SOXへの対応を含む)や内部監査体制の整備など、適切な財務諸表が作成される体制構築のための助言を行う役割も果たします。
監査法人は、監査を引受けるに当たって、ショート・レビューと言われる予備調査を行います。通常、ショート・レビューは、2、3日で会社資料の閲覧やインタビューを行い、会社の事業内容、関係会社、特別利害関係者との取引、会計基準、財務諸表、社内規程、管理体制、内部監査体制などを確認し、上場するための課題を把握するとともに、それを基に監査法人として監査を引受けるか否かの判断を行います。
監査法人自体の数は近年増加しており、令和5年3月末時点で280法人が存在します。IPOの監査は、大手監査法人のEY新日本、トーマツ、あずさが、寡占する状況にありましたが、採算面からの大手監査法人の方針変更、人手不足や働き方改革などの影響、IPOを目指す会社の増加などから、2022年度の大手監査法人の割合は5割強まで低下しています。代わって、太陽や仰星といった準大手や中小監査法人が増加する傾向にあります。証券会社もかつては大手監査法人を推奨していましたが、「監査難民」といった言葉が象徴する、監査法人がIPOのボトルネックとなるといった状況も起こり、大手監査法人にこだわらない流れになっています。
監査法人を選ぶ際のポイントについて説明します。大手監査法人はIPOの豊富な経験・情報を持ち、グローバルな組織に属しており投資家から高い信頼を得ています。ただし、割高な監査報酬となりがちで、会社にあった柔軟な対応や助言が期待できない場合があります。証券会社と同様に、担当責任者(通常パートーナー)や担当者の経験や力量なども重要な判断材料となります。やはり、いくつかの監査法人の提案を受け、選択するのが一般的です。
- 株式事務代行会社
会社法は第123条に、株式会社は、株式名簿管理人を置く旨を定款で定め、当該事務を行うことを委託することができると定めています。上場するためには、株式事務が正確かつ円滑に行われるよう、株式事務代行機関の設置が義務付けられています。株式の事務代行会社は、名義書換など株主名簿の管理、配当金の支払い、株主総会招集通知発送などを行います。そのほか、株主総会開催のサポートや議決権行使の分析、ディスクロジャーなどについて助言やサポートを行います。
東京証券取引所は、株式事務代行機関して、三菱UFJ、三井住友、みずほなどの信託銀行、東京証券代行、日本証券代行、アイ・アールジャパンを承認しています。
- 証券印刷会社
証券印刷会社は、有価証券届出書や有価証券報告書、事業報告書、株主総会の招集通知などの作成支援や印刷を行っており、ほとんどの上場会社が利用しています。IPOに際して、上場申請のための有価証券報告書(Ⅰの部)を始め、各種申請書類の作成の助言やサポート、印刷を行います。証券印刷会社は、各種法令や取引所規則などに精通し高い専門性や豊富な経験を有しており、上場申請会社の事務負担の軽減やIPO準備の効率化に、大きな役割を果たしています。また、ディスクロジャーを中心に様々な助言・サポートを行っています。
証券印刷会社は、プロネクサスと宝印刷がほぼ市場を独占しており、2社から選ぶことになります。