働くということを、映画に学ぶ ― 不条理と希望のあいだで(その3)

映画館の暗闇の中で、働く人の姿に涙する瞬間があります。それは、スクリーンに映るのが誰か知らない人物の人生でありながら、どこか自分のことのように感じるからでしょう。働くという行為は、単なる経済活動だけではありません。誰かのために動き、悩み、報われたり報われなかったりする――その過程が人を形づくっていく、映画は、その働くことの物語を、私たちより少しだけ俯瞰した目線で描いてくれています。

今回は、こうした会社生活での悩みや課題に関連した映画を紹介したいと思います。既にご覧になった作品もあるかもしれませんが、ネタバレにならないように注意しながら、ポイントを絞り説明することで、悩み解決のヒントを得ることができたり、共感を感じ心が温まることがあれば、幸いです。

それでは、4つの軸ごとに映画作品を4本ずつ(重複あり)紹介し、最後に共通するテーマをまとめてみます。

一つ目の軸 新米社長の成長物語リーダーとしての孤独と希望
二つ目の軸 上司や友人との交流人は人によって育つ(以上前号まで)
三つ目の軸 会社と個人の葛藤自分らしさを探して
四つ目の軸 「不条理な会社生活」――矛盾の中で、どう生きるか

三つ目の軸 会社と個人の葛藤自分らしさを探して

働くことに“正解”がない時代。会社に合わせるのか、自分を貫くのか――。その迷いを抱えた人たちの姿を、描いた映画をご紹介します。会社で働くということは、組織の一部になることを強いられます。そこにはルールがあり、評価があり、責任がある。けれども同時に、ひとりの人間としての「自分」も存在している。仕事にのめり込むほどに、いつしかその境界があいまいになる。「会社のために頑張る」と思っていたのに、気づけば「会社の中でしか生きられない自分」になっていた――。こうした葛藤を描いた映画たちです。それぞれの物語は違っても、共通して問いかけてくる「自分にとって、働くとは何か?」


映画『ザ・カンパニー・メン』:名刺を失ったとき、残るもの

大企業のリストラを描いたこの映画は、「会社=自分」という価値観を突きつけます。仕事を失った瞬間、主人公ベン(ベン・アフレック)は、名刺を差し出す癖が抜けずに戸惑う。肩書きが消えたとき、自分の存在まで薄れてしまったように感じるベン。

彼の妻は静かに言う。「あなたは会社じゃない。あなたはあなたなのよ。」

簡単に聞こえるが、この言葉は深い。私たちは、思っている以上に「所属」に支えられています。
名刺、役職、ブランドそれがなくても、自分は自分でいられるのか。ベンは再び小さな造船所で働くようになり、手を動かしながら、失っていた誇りを取り戻していきます。会社にいなくても、人は働ける。肩書きではなく、誰かの役に立てることこそが、人を生かすことを示唆してくれます。


映画②『マイ・インターン』:家庭と仕事、どちらも大切にしたい

前にも紹介した女性社長とシニア・インターンの物語です。ここで焦点を当てたいのは、女性社長ジュールズの葛藤です。彼女は家庭も、子育ても、会社も、すべて大切にしたい。だが、現実は思うようにいかない。仕事を続けることで家庭を犠牲にしているような罪悪感、そして「自分がいなければ会社が回らない」というプレッシャー。そんなジュールズに、ベンが静かに語る。

“You’ve got to let yourself off the hook.” (自分をもう責めなくていい。)

完璧であろうとするほど、心はすり減っていきます。彼女の姿は、現代の多くの働く人に重なります。「全部うまくやろう」と思うことは、実は自分を追い詰める罠なのかもしれません。

ジュールズが少し肩の力を抜いた瞬間、初めて笑顔を見せる場面が印象的です。それは会社と個人のバランスを取り戻した瞬間でもあります。


映画③『リトル・ミス・サンシャイン』:成功の定義を変えてみる

ある家族が、娘オリーヴを美少女コンテストに出場させるためにオンボロのバンでアメリカを横断する物語です。家族はバラバラで、みんな何かしら問題を抱えている。オリーヴの父親は、最初は「勝ち組になれ、負けるな、努力すれば報われる。」と成功哲学を信じていた。けれども旅の途中で、彼は次第に「負けること」や「欠けていること」を受け入れていく。そして最後には気づく。

“Maybe losing is what makes us human.” (負けることこそ、人間らしさなのかもしれない。)

会社の中では、数字や成果がものを言います。でも、人生の中では、もっと大事な「負け方」や「逃げ方」もあります。誰かに勝つより、自分を守ること。それもまた、立派な働く力だと思わせる映画です。


映画④『イン・グッド・カンパニー』:世代を越える葛藤

ベテラン営業マンのダンは、突然、20歳年下の上司カーターを迎えることになります。カーターはMBAを持つエリート。数字で物事を判断し、情に訴える営業スタイルを「非効率」と言い放ちます。ダンは最初、反発しますが、カーターにもまた孤独があることを知るようになります。完璧に見える若者も、実は「自分の価値」を見失っていたことを理解するのです。

“You can’t measure everything.” (すべてを数字で測ることはできない。)

この言葉が、物語の核心を突いています。会社の中では成果がすべてのように思えますが、人の心までは数値化できない。カーターはダンから「誠実さ」を学び、ダンはカーターから「変化を受け入れる強さ」を学びます。その交換が、世代を越えた理解を生む姿を映画は描き出します。会社とは、結局のところ「人と人の学びの場」でもあるのです。


まとめ:自分らしさは、誰かの中に見つかることもある

ここまでの映画に共通しているのは、主人公たちがみな「会社の価値観」に揺れながらも、最終的には自分の軸を見つけ出していることです。それは、必ずしも「会社を辞めること」や「独立すること」ではありません。ベンのように手仕事の中に誇りを見出したり、ジュールズのように自分のペースで働き方を見直したり、ダンとカーターのように世代の壁を超えてお互いに学ぶ人たちもいる。自分らしさとは、他人との関係の中でゆっくりと形づくられていくものであり、人は独りでは自分を定義できないことがわかります。誰かに影響を受け、ぶつかり、許される経験を通じて、初めて「私はこうありたい」と思えるようになるのです。

だからこそ、会社という場所は貴重です。ときに息苦しく、理不尽であっても、その中でしか出会えない他者という鏡があるのです。