M&Aの基礎知識
M&A(merger and acquisition)は、企業再編を指す用語として一般的に認知されるようになりました。そこで、経営者として知っておくべきM&Aの基礎知識を以下概説します。
1.M&Aの手法 2.M&Aのスケジュール 3.デュー・ディリジェンス(買収監査) 4.対価の決め方 5.M&A本契約の内容 |
1.M&Aの手法
M&Aの法的手法としては、株式譲渡、事業譲渡、会社分割及び合併が基本形です。このほかに、株式交換(会社法767条以下)、株式移転(会社法772条以下)、株式交付(会社法774条の2以下)、第三者割当増資(会社法199条以下)、公開買付(TOB)(金融商品取引法27条の2第1項5号)、MBO等もありますが、本稿では上記基本形に限定して述べます。
①株式譲渡(会社127条以下)
株式を譲渡することにより株主が変更します。買主が対象企業の実質的支配権を取得するためには株主総会の特別決議に必要な3分の2以上の株式議決権が必要です。株式を譲渡するためには、株式譲渡契約の締結⇒株式譲渡代金の支払い⇒株主名簿の書換(株券発行会社の場合は株券の引き渡し)で足り、事業譲渡の場合のような各種移転手続は不要ですが、企業の抱える負債等も引き継ぐことになります。そのため、買主側は、株式譲渡契約締結に先立ち、対象企業の隠れた債務やリスクの有無を確認するためにデュー・ディリジェンス(買収監査)を行うのが通例です。
②事業譲渡(会社法467条以下)
企業の特定の事業に関連する資産・負債・従業員・契約等のみを譲渡します。対象事業の範囲を限定することにより、対象外の事業のリスクを排除することが可能です。買主が企業の収益性の高い特定の事業のみに関心がある場合に適しています。事業を譲渡するためには、事業譲渡契約の締結⇒事業譲渡代金の支払い⇒事業の引き渡しが必要ですが、資産・負債の移転手続(不動産であれば登記手続)、従業員の転籍手続(従業員の同意取得)、契約の移転手続(相手方の同意取得)を個別に行う必要がありますし、対象事業に必要な許認可を買主が改めて取得しなければならないこともあります。「事業譲渡又は合併を行うに当たって会社 等が留意すべき事項に関する指針」(https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00011980&dataType=0&pageNo=1)により、従業員の同意取得に先立ち、労働組合等との事前協議及び従業員との事前協議が求められますので、従業員保護手続については会社分割と実質的に変わらないといえます。また、対象事業の隠れた債務やリスクの有無を確認するためにデュー・ディリジェンス(買収監査)を行うのが通例です。
③会社分割(会社法762条以下)
企業の特定の事業を新設会社(新設分割)又は既存会社(吸収分割)に移転させます。移転の対価を対象企業(分割する企業)が受け取る場合(物的分割)と対象企業の株主が受け取る場合(人的分割)とがあります。新設分割の場合は分割計画書を作成し、吸収分割の場合は分割会社と承継会社間の分割契約書が必要になります。新設分割の場合は、対象企業が新設分割により取得した新設会社の株式を譲渡することになります。事業譲渡と同様に、事業の一部を移転しますが、事業譲渡の場合のような個別の移転手続が不要というメリットがあります。但し、従業員を保護するため、会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律に定める手続(労働者・労働組合への通知、協議等)を遵守する必要があります。事業譲渡と同様に、対象事業の隠れた債務やリスクの有無を確認するためにデュー・ディリジェンス(買収監査)を行うのが通例です。
④合併(会社法748条以下)
企業が相手方企業に吸収されて法人格を失う合併(吸収合併)と企業と相手方企業がいずれも新設会社に吸収されて法人格を失う合併(新設合併)とがあります。株式譲渡と同様に各種移転手続は不要ですが、新設合併では許認可を承継できないため、吸収合併が選ばれることが多いです。株式譲渡と同様に、買主側は、対象企業の隠れた債務やリスクの有無を確認するためにデュー・ディリジェンス(買収監査)を行うのが通例です。
⑤各手法のメリット・デメリット 会社全体を承継させたい場合は株式譲渡又は合併、特定の事業のみを承継させたい場合は事業譲渡又は会社分割が適しています。株式会社の場合は比較的単純ですが、その他の手法による場合は、複雑な手続(債権者保護手続、従業員保護手続等)が必要になります。
2.M&Aのスケジュール
M&A取引の基本的スケジュールは以下の通りです。
①秘密保持契約の締結
買主は対象会社や対象事業の隠れた債務やリスクの有無を確認するためにデュー・ディリジェンス(買収監査)を行うのが通例ですが、その前提として、売主が買主に開示する情報や資料の秘密が守られる必要があります。そのため、まず売主と買主間で秘密保持契約を締結し、売主が買主に開示する情報や資料がM&A以外の目的で利用されないようにします。
②基本覚書の締結
売主と買主の間でM&A取引の基本的条件を取り決めます。基本的条件には、M&A取引の日程(デュー・ディリジェンスの期間、クロージング日等)、M&A本契約で定める基本的事項(前提条件、表明保証等)、M&A取引中止の条件等が決められます。
③デュー・ディリジェンス(買収監査)
基本覚書で決まった日程に従ってデュー・ディリジェンスを行います。デュー・ディリジェンスの詳細は後述します。
④M&A本契約の締結
上記③と並行して、M&A本契約(株式譲渡契約、事業譲渡契約、分割契約、合併契約等)の内容について、売主と買主の間(通常は双方の弁護士の間)で協議して内容を詰めていきます。買主側は、デュー・ディリジェンスによって判明したリスクを減らすための条項を提案し、売主側はかかる条項による不利益を最小限にするために反対提案をするという具合に、両者間で提案を繰り返しながら最終形にします。双方が最終形に納得するとM&A契約締結となります。
⑤前提条件の充足
M&A契約が締結された後は、クロージング日(取引実行日)までの間に、売主と買主のそれぞれが、自己が満たすべき前提条件を充足するための作業を行います。前提条件を充足するための作業としては、必要な法的手続(株主総会での承認、債権者保護手続等)を行うこと、従業員の承継手続を完了すること(事業譲渡・会社分割の場合)、表明保証違反がないようにすること、引渡書類・引渡物(M&A取引承認の議事録、許認可証、各種同意書等)を準備すること等が含まれます。
⑥クロージング(取引実行)
クロージング日には、双方が前提条件の充足を確認し、売主は引渡書類・引渡物を買主に引渡し、買主は対価を支払います。クロージングでは、引渡書類・引渡物を並べたテーブルの両側に売主と買主が座り、売主が対価の着金を確認した後、売主が買主に引渡書類・引渡物を引き渡すというのが典型的な流れです。
⑦ポストクロージング
クロージング日には確認できない事項(クロージング日現在の預貯金額等)の清算をするためにポストクロージングを設定することがあります。
3.デュー・ディリジェンス(買収監査)
デュー・ディリジェンスの目的は、対象企業又は対象事業に関する隠れた債務やリスクを確認することと考えます。それにより、リスク要因の除去軽減を取引条件とすることや潜在債務を対価に反映することが可能になるからです。
デュー・ディリジェンスでは、一般的に、秘密保持契約の締結⇒買主から売主に対する資料情報の開示請求⇒買主による資料情報の提供(専用のデータルームを開設することもあります。)⇒買主によるインタビュー⇒買主による監査レポートの作成という流れになります。規模によっては、多数の弁護士や会計士が関与することもあります。デュー・ディリジェンスを担当する弁護士や会計士は、デュー・ディリジェンスの結果をまとめたレポートを買主に提出し、買主はその内容を吟味して価格や契約条件に反映します。
買主が求める資料情報は、会社設立・株式発行に関する議事録(特に株式譲渡や合併の場合)、定款・就業規則その他の社内規定、重要な取引契約、借入契約、許認可証、官公署とのやりとり(是正勧告、行政指導等)、苦情処理記録、訴訟その他の紛争及び潜在的紛争、財務資料、知的財産権等、多岐にわたります。対象企業は、資料情報の開示請求に応じるためにそれなりの労力を覚悟する必要があります。
4.対価の決め方
M&Aの対価の決め方としては、対象企業又は対象事業が将来生み出す価値の現在価格を基準とする方法(将来のキャッシュフローによる方法・将来の配当金による方法)、市場価値を基準とする方法(株価による方法・類似企業の株価による方法・類似取引の売買価格による方法)、現在の企業価値を基準とする方法(純資産時価による方法・純資産時価に直近の事業成績を加味する方法・貸借対照表の純資産額による方法)等があります。より高く売りたい売主とより安く買いたい買主の思惑が異なるため、双方が専門家の助けを要する場合が多いと思います。
いずれの方法を採用するにしても、いつの時点の数字を基準とすべきかという問題があります。例えば3月末日(基準日)時点で作成された計算書類の数字に基づいて対価を決定した場合、基準日からクロージング日までの間の現預金や債権債務等の変動をどのように対価に反映するかという問題です。一つの方法としては、クロージング日時点の計算書類を作成し、基準日からの変動を対価に反映することが考えられます。対価に反映する基準日からの変動項目を限定する(例えば、現預金と売掛債権・買掛債務のみとする。)ことも考えられます。いずれにせよ、対価調整の仕組みは、売主と買主の双方にとって公平なものとすべきです。
5.M&A本契約の内容
M&A本契約で定める一般的な条項は以下の通りです。
①取引の合意
この契約に定める条件に従って取引を行う旨を合意します。当たり前のことですが、最も基本的な条項です。
②クロージング
クロージングの日時及び場所のほか、クロージング日に行う引渡書類・引渡物の引渡しや対価の支払いについて定めます。
③表明保証
表明保証(representation & warranty)は、もともと日本法にはない概念ですが、1990年代に欧米流M&A手法が日本に導入されて以降、日本企業間の取引でも定められるようになりました。表明保証とは、契約締結日又はクロージング日時点における事実を売主及び買主がそれぞれ表明し保証することです。表明保証を定めただけでは法的効果はありませんが、表明保証違反に基づく損害賠償義務や解除権を定めることにより、法的効果が得られます。表明保証事項には一般に以下のものが含まれます。
(a)会社が有効に成立し存続していること、(b)契約を締結し履行するために必要な社内手続を完了していること、(c)(株式譲渡の場合)株式を単独で保有しており第三者の権利の対象となっていないこと、(d)資産(事業譲渡の場合は対象資産)を単独で所有しており第三者の権利の対象となっていないこと、(e) 契約の締結及び履行が第三者との間の契約違反にならないこと、(f)重要な取引契約が有効であり違反がないこと、(g)契約の締結及び履行に必要な許認可等を取得済みであること、(h)(事業譲渡の場合)取引契約の相手方が取引契約の承継に同意済みであること、(i)開示した資料情報が正確であり相手方の判断に悪影響を及ぼすおそれのある資料情報が欠けていないこと、(j)取引の影響を及ぼす変更や紛争が発生していないこと、(k)法令を遵守していること、(l)(不動産が含まれる場合)環境問題が発生していないこと
デュー・ディリジェンスで明らかとならなかった事項についても表明保証に含めることにより、表明保証違反による損害賠償や契約解除が可能になります。
④誓約事項
誓約事項には、売主及び買主のそれぞれがクロージング日までに履行すべき事項やクロージング日後に履行すべき事項を定めます。
⑤従業員
売主が従業員の承継手続をクロージング日までに完了することのほか、(売主側の要求として)クロージング日後一定期間は従業員の雇用を継続することや(買主の要求として)キーとなる従業員や一定割合(例えば8割)以上の従業員が承継に応じることを定めることもあります。
⑥クロージング条件
売主及び買主のそれぞれについて、取引を実行するための前提条件を定めます。相手方の表明保証違反や誓約事項違反がないことや重大な変更がないこと、が含まれます。
⑦損害賠償
損害賠償の対象となる事由(表明保証違反や誓約事項違反等)、損害賠償請求ができる期間(例えばクロージング日後1年以内)、損害賠償額の限定(例えば対価を上限とする)等を定めます。
⑧解除
解除事由や解除権の行使期間等を定めます。解除後も効力を維持する条項(損害賠償や裁判地等)も定めます。
⑨雑則
準拠法や裁判地の定めは、売主と買主の設立準拠法や裁判地域が異なる場合には重要です。
M&A本契約で定める事項は多岐にわたりますが、問題が発生した場合に一方だけが損や得をすることのないように、公平な利益調整ができるものであるべきと考えます。