事業承継M&A 雑感
中小企業の後継者不足解消方法の一つとして、事業承継M&Aが認知されるようになってきました。以下では、事業承継M&Aの背景、意義、手法、留意点等について述べます。
1.背景 2.事業承継M&Aとは 3.事業承継M&Aの手法 4.デュー・ディリジェンス 5.対価の決め方 6.各手法のメリット・デメリット 7.留意点 |
1.背景
日本国民全体の高齢化に伴い、中小企業の経営者の年齢は、1990年第の54歳から202年の60歳へと上昇しています(中小企業庁「中小企業白書第2章」)。また、後継者のいない企業の割合は、2011年の65.9%から2022年には57.2%へと減少しています(帝国データバンク「全国企業後継者不在率同項調査(2022年)」)。このような事業承継の必要性の高まりと後継者不足により、第三者への事業承継の手段としてのM&Aが注目されるようになりました。
2.事業承継M&Aとは
事業承継は経営者の変更を意味し、M&A(merger and acquisition)は本来は企業の組織再編手続である合併・株式譲渡・事業譲渡・会社分割等を意味します。確立された定義はありませんが、事業承継M&Aは、事業を承継するためにM&Aの手法を利用するものといえます。
3.事業承継M&Aの手法
①株式譲渡
株式を譲渡することにより株主が変更します。買主が対象企業の実質的支配権を取得するためには株主総会の特別決議に必要な3分の2以上の株式が必要です。株式を譲渡するためには、株式譲渡契約の締結⇒株式譲渡代金の支払い⇒株主名簿の書換(株券発行会社の場合は株券の引き渡し)で足り、事業譲渡の場合のような各種移転手続は不要ですが、企業の抱える負債等も引き継ぐことになります。そのため、買主側は、株式譲渡契約締結に先立ち、対象企業の隠れた債務やリスクの有無を確認するためにデュー・ディリジェンス(買収監査)を行うのが通例です。
②事業譲渡(会社法467条以下)
企業の特定の事業に関連する資産・負債・従業員・契約等のみを譲渡します。対象事業の範囲を限定することにより、対象外の事業のリスクを排除することが可能です。買主が企業の収益性の高い特定の事業のみに関心がある場合に適しています。事業を譲渡するためには、事業譲渡契約の締結⇒事業譲渡代金の支払い⇒事業の引き渡しが必要ですが、資産・負債の移転手続(不動産であれば登記手続)、従業員の転籍手続(従業員の同意取得)、契約の移転手続(相手方の同意取得)を個別に行う必要がありますし、対象事業に必要な許認可を買主が改めて取得しなければならないこともあります。「事業譲渡又は合併を行うに当たって会社 等が留意すべき事項に関する指針」(https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00011980&dataType=0&pageNo=1)により、従業員の同意取得に先立ち、労働組合等との事前協議及び従業員との事前協議が求められますので、従業員保護手続については会社分割と実質的に変わらないといえます。また、対象事業の隠れた債務やリスクの有無を確認するためにデュー・ディリジェンス(買収監査)を行うのが通例です。
③会社分割(会社法762条以下)
企業の特定の事業を新設会社(新設分割)又は既存会社(吸収分割)に移転させます。移転の対価を対象企業(分割する企業)が受け取る場合(物的分割)と対象企業の株主が受け取る場合(人的分割)とがあります。新設分割の場合は分割計画書を作成し、吸収分割の場合は分割会社と承継会社間の分割契約書が必要になります。新設分割の場合は、対象企業が新設分割により取得した新設会社の株式を譲渡することになります。事業譲渡と同様に、事業の一部を移転しますが、事業譲渡の場合のような個別の移転手続が不要というメリットがあります。但し、従業員を保護するため、会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律に定める手続(労働者・労働組合への通知、協議等)を遵守する必要があります。事業譲渡と同様に、対象事業の隠れた債務やリスクの有無を確認するためにデュー・ディリジェンス(買収監査)を行うのが通例です。
④合併(会社法748条以下)
企業が相手方企業に吸収されて法人格を失う合併(吸収合併)と企業と相手方企業がいずれも新設会社に吸収されて法人格を失う合併(新設合併)とがあります。株式譲渡と同様に各種移転手続は不要ですが、新設合併では許認可を承継できないため、吸収合併が選ばれることが多いです。株式譲渡と同様に、買主側は、対象企業の隠れた債務やリスクの有無を確認するためにデュー・ディリジェンス(買収監査)を行うのが通例です。
4.デュー・ディリジェンス
デュー・ディリジェンスの目的は、対象企業又は対象事業に関する隠れた債務やリスクを確認することと考えます。それにより、リスク要因の除去軽減を取引条件とすることや潜在債務を対価に反映することが可能になるからです。
デュー・ディリジェンスでは、一般的に、秘密保持契約の締結⇒買主から売主に対する資料情報提供の開示請求⇒買主による資料情報の提供(専用のデータルームを開設することもあります。)⇒買主によるインタビュー⇒買主による監査レポートの作成という流れになります。規模によっては、多数の弁護士や会計士が関与することもあります。
買主が求める資料情報は、会社設立・株式発行に関する議事録(特に株式譲渡や合併の場合)、定款・就業規則その他の社内規定、重要な取引契約、借入契約、許認可証、官公署とのやりとり(是正勧告、行政指導等)、苦情処理記録、訴訟その他の紛争及び潜在的紛争、財務資料、知的財産権等、多岐にわたります。対象企業は、資料情報の開示請求に応じるためにそれなりの労力を覚悟する必要があります。
5.対価の決め方
事業承継M&Aの対価の決め方としては、対象企業又は対象事業が将来生み出す価値の現在価格を基準とする方法(将来のキャッシュフローによる方法・将来の配当金による方法)、市場価値を基準とする方法(株価による方法・類似企業の株価による方法・類似取引の売買価格による方法)、現在の企業価値を基準とする方法(純資産時価による方法・純資産時価に直近の事業成績を加味する方法・貸借対照表の純資産額による方法)等があります。より高く売りたい売主とより安く買いたい買主の思惑が異なるため、双方が専門家の助けを要する場合が多いと思います。
6.各手法のメリット・デメリット
会社全体を承継させたい場合は株式譲渡又は合併、特定の事業のみを承継させたい場合は事業譲渡又は会社分割が適しています。株式会社の場合は比較的単純ですが、その他の手法による場合は、複雑な手続(債権者保護手続、従業員保護手続等)が必要になります。
7.留意点
中小企業の事業承継では、専門の仲介業者が関与することがあります。築き上げた企業を次世代に承継してもらうことを希望する経営者にとっては、承継先を斡旋してくれる仲介業者のサービスは渡りに船といえますが、以下の点に留意する必要があります。
①仲介業者の報酬
仲介業者の中には売買価格に関係なく最低1000万円というところもありますが、数百万円というところもあります。報酬の内訳は不明ですが、もしデュー・ディリジェンスの費用が含まれているのであれば、それは本来買主が負担すべきであり、売主がそれを肩代わりさせられていることになります。いずれにせよ、仲介業者の選定に際しては、相見積もりを取って納得できる仲介業者を選ぶべきです。
②対価の算定方法
仲介業者が売主と買主の間に立って公平な取扱をしてくれるとは限りません、仲介業者が提示する対価は、買主の意向を反映している場合があります。中小企業の経営者にっってみれば、何々法に基づいて算出した金額、と言われてもそれが妥当なのかどうか判断できない場合が多いと思われます。スクラップ価格(資産をばら売りした価格)よりも安い金額を提示される場合もあります。従って、対価の算定方法については、専門家の意見を確認することをお薦めします。
③対価の支払時期
通常の企業間のM&A取引では、対価は取引完了日(クロージング日)に支払われるのが通常ですが、後払い(数年後等)を提案される場合があります。対価がクロージング日に支払われない場合は、契約条件にもよりますが、売主がクロージング日後の対象企業又は対象事業のリスクや買主の信用リスク(買主の倒産等)を引き受けることを意味します。従って、対価の支払時期については、クロージング日とすることをお薦めします。
④契約書
仲介業者が提示する契約書は、仲介業者の雛形に基づいている場合がありますが、買主保護に偏っている可能性もあります。例えば、本来買主が負担すべきクロージング後の事業の損失分を対価から駆除するといった規定が考えられます。従って、不当な規定が紛れ込んでいないかのチェックが必要です。
事業承継M&Aは、後継者が見つからない経営者にとって有効な手法ですが、築き上げた企業が公正妥当な対価をもって承継されるためには、必要な範囲で専門家の助力を得ることが必要と思われます。