中小企業と財務諸表

財務諸表とは、会社がその活動に伴う財務状況を明らかにするために、会計年度1年毎に作成される一連の決算書類のことを言い、会社法上では、損益計算書(Profit & Loss Statement、P/Lと略称)、貸借対照表(Balance Sheet、B/Sと略称)、株主資本等変動計算書および個別注記表から成ります。なお上場企業の場合は、金融商品取引法の遵守が義務付けられますので、キャッシュフロー計算書および附属明細表が加わります。

起業からまもない中小企業のトップにとって、財務諸表・決算書はどういう意味をもつか、どう係わっていくべきか、提言も含めお話ししたいと思います。

1.財務諸表の作成(1正しい財務諸表をつくるには 2財務諸表を役立てるには) 2.財務諸表の活用(1事業計画の作成 2事業計画と決算の対比・レビュー 3会社業績の分析 4ステイクホルダーへの開示) 3.財務諸表の個別の役割(1損益計算表(P/L) 2貸借対照表(B/S) 3株主資本等変動計算書 4個別注記表 5キャッシュフロー表(資金繰り表)) 4.財務諸表を用いた分析(1収益性分析 2安全性分析 3生産性分析) 5.最後に
  • 財務諸表の作成

1-1.正しい財務諸表をつくるには

財務諸表は、① 仕訳(企業の毎日の全ての取引を借方/貸方に分類し、発生日・取引内容・金額と該当する勘定科目を記載する作業)、② 総勘定元帳への転記(仕訳を勘定科目ごとにまとめる作業)、③ 試算表の作成(勘定科目別に作成された総勘定元帳の合計や残高を集約)

を経て作成されます。

財務諸表は、原則として全ての企業にその作成と税務署や株主などへの適切な開示が義務づけられていますので、当然正確なものが求められます。 JDL、弥生会計、勘定奉行、MJS、マネーフォワード等々(順不同)財務諸表作成ツールはテレビCMで流れるほど一般化していますが、スタートの仕訳という作業と出来上がった財務諸表のチェック・修正・評価は簿記や経理を経験したもので無ければ簡単ではありません。 自社で経験者をかかえているので無ければ、当初は会計士・税理士などのプロにその作成を委託するのが良いでしょう。

1-2.財務諸表を役立てるには

企業のトップは会社の運営に当り、月次の財務諸表をチェックし、これらの項目の達成度合いを把握する必要があります。(詳細は後述します。)しかしながら財務諸表の作成を外部に委託した場合、出来上がってくるタイミングも遅くなりがちです。委託先の仕事量、委託料の支払額にもよりますが、早くて翌月末以降でしょう。上場企業の場合は翌月第1週には財務諸表を完成させます。財務諸表のチェックは早いに越したことはないのです。

会社の成長性、運営資金事情にもよりますが、どこかのタイミングで経験のある社員を雇用し、自社社員が作成ツールを用いながら財務諸表を作成する体制に移行する、かつ、仕訳に先立つ事業報告の早期報告など財務諸表作成カレンダーを作成し早期作成のルール作りをするのが良いでしょう。

  • 財務諸表の活用

2-1.事業計画の作成

企業のトップは、売上・利益の今年の事業目標(短期経営計画)、向こう数年の事業目標・事業ビジョン(中長期経営計画)を作成し、計画達成のための施策を実行しながら会社を運営します。この経営計画の作成に財務諸表を利用しましょう。前述の会計ソフトよりCSV方式でP/Lを出力できますので、エクセルに変換し、以下の加工をおすすめします。

*売上・売上総利益:顧客・商品などの分類で内訳を分解。

*販売費・一般管理費(以下「販管費」):人件費、事務所家賃、広告宣伝費・販促費、減価償却費など括り小計。

*構成比(売上を100とする)、前年同期比、前月比なども盛込む。

2-2.事業計画と決算の対比・レビュー

事業計画と月次試算表のP/Lを比較し、達成度合いと売上・売上総利益、販管費の増減の内訳・背景を把握します。月次試算表には連続性・継続性がありますので、レビューに最適のツールであり、レビューを重ねるほど、会社の収益の構造や傾向が見えてくると思います。毎月のレビュー時に、計画達成のために現状のままで良いのか、施策の修正・追加を実施するか、の検討・決定を行うのが良いでしょう。

2-3.会社業績の分析

財務諸表を分析することにより、会社の収益性、生産性・効率性や、安全性の分析ができます。

詳細は後述しますが、会社の実態を把握するとともに、同業他社で成功した企業の分析も行うことにより、自社の問題点・課題、あるべき・目指すべき姿を想定することも可能になります。

2-4.ステイクホルダーへの開示

  • 株主には、利益配当金を受け取る権利や事業解散時の残余財産の分配をうける権利が約束されています。会社の経営状態は、当然株主にとっての関心事であり、既存株主には報告を行う必要があります。(中小企業の場合、経営者自らが創業者であり筆頭株主でもあるというケースが多いと思いますが、創業時支援者、かつての共同経営者といった、複数の株主が該当する例はあり、その場合は開示が必要です。)
  • 報告義務はありませんが、取引の実現のために、あるいは関係性維持・円滑化のために報告が必要となってくるステイクホルダーは以下になります。

*投資家: 個人投資家、ベンチャーキャピタル等機関投資家があなたの会社に興味をもち、出資を検討する場合もあるでしょう。取引先が関係性強化のために出資を希望する例もあります。出資金が有効に活用され会社の業績に寄与することが求められますので、経営状況、経営構造の実績を把握し、事業計画の実現性を判断するため必ず提出を求められます。

*金融機関: 融資金が回収されるかは金融機関にとり最優先事項ですので、その安全性の確認のため、資金を借り入れる時に、また借入実施後も定期的に、必ずその提出を求めてきます。

*取引先: 取引先が大手企業の場合、取引の信用性・社会性の担保のため財務諸表の提出が求められる場合があります。またあなたの会社から取引先へ支払が行われる場合は与信管理の側面で同じく提出を求められる場合があります。

  • 従業員へ開示するか否か、これはトップその状況に応じ対応を考える課題です。

勿論、開示義務はありませんし、社長や従業員の給与レベルが有る程度わかってしまうことへの危惧、会社業績が他に第三者に漏れる可能性が高まることを考慮して開示しない、という考え方はあります。一方で、従業員に決算を開示することにより、事業計画達成に向け同じ方向を向かせやすくなる、利益と給与の関係性を理解させることにより売上総利益アップ、経費削減の必要性を共有できる、といった良い点も考えられます。

後者の肯定の根拠はやや理想形であり、会社の業績が安定し一定の成長性が望める、従業員各自に自己の役割や業務分担の文化が根付く、というステージに到達するまでの間は、売上・売上総利益、販管費中の従業員の自主的関与が高い費用(例えば広告宣伝費)のみ別資料にて開示し、理想形への足掛かりとするのが良いかな、と個人的には思います。

  • 財務諸表の個別の役割

3-1.損益計算表(P/L)

企業が一会計期間内に、いくらの利益が出たかを表す計算書類になります。売上等収益より、取引に固有の費用である売上原価を減じて売上総利益(粗利)を算出し、さらに人件費、事務所家賃、広告宣伝費・旅費・通信費他多項目にわたる変動経費を減じて営業利益を算出し、さらに金利など営業外収益・費用を加減して経常利益、資産売却損益など継続的取引でない利益・損失を加減して経常損益を算出します。

企業の収益性をはかるのに有効な書類です。2-1、2-2で述べた通り、売上・売上原価を分類すると、商品毎、顧客毎、事業分類毎の収益性が分かり、より有効です。

3-2.貸借対照表(B/S)

企業の資金の調達状況(右欄、負債+純資産)と、その運用状況(左欄、資産)を示し、企業の財政状態を表す計算書類になります。

企業の安全性、すなわち支払い能力をはかるのに有効な書類です。

また書類上の数値は、月末時点、決算日時点などの交代で表され、資料は継続して加減算されますので、P/Lでは判別できない変動が分かり、異常値・危険値を見つけることができる書類でもあります。

3-3.株主資本等変動計算書

貸借対照表の純資産の部の一会計期間における変動額のうち、主として、株主に帰属する部分である株主資本の各項目の変動事由を報告するために作成される決算書です。剰余金の配当の時期自由化にともない決算期間中の株主資本の増減を明確にすべく、会社法により、新たに計算書類として設定されました。増資・配当実施などの事例が該当する場合には重要な書類となりますが、該当事由が無い場合はフォーマットに従い作成するのみで良いでしょう。

3-4.個別注記表

会計方針に関する注記を一覧表示する書類です。上場会社でない場合は「重要な会計方針に係る事項に関する注記(資産の評価基準など)」「株主資本等変動計算書に関する注記(会計年度末日の発行済株式数など)」および「その他の注記(有形固定資産の減価償却累計額など)」に絞り記載します。創業費、事務所造作、事務所機器以外の資産を保有する場合は税理士・会計士と相談しての記載が必要となります。

3-5.キャッシュフロー表(資金繰り表)

キャッシュフロー表とは、事業者が一定期間に得た現金・預金の収入や支出をまとめ、お金の流れを可視化した集計表です。過去のデータを「実績」としてまとめただけでなく、将来の資金計画を表す「予定」についても記載した表になります。事業運営のための資金は不足ないか、金融機関からの借入など資金投入のタイミングはいつとすべきかを示すものであり、財務諸表には含まれていませんが、企業にとりP/LやB/Sに並んで重要な書類です。支払が滞る、継続の可否が深刻な問題となる、などの事態に陥らない様に、必ず準備しておくべきです。

前述の会計ソフトで、実績に関してCSV形式でアウトプットできるものもあります。エクセルに変換後、予定を入力する方法が、実績を反映することで支払の漏れを防ぎ、支払のタイミングの正しい認識を得ることが出き、有効です。

(余談ですが融資実行前の検討段階や実行後のレビューにおいて提出を要求する際に「金繰り」と略す金融機関担当者もおります。切羽詰まった感のある嫌な響きの言葉です。事前に準備しておいて要求される前に提出できる様にしておきたいものです。)

  • 財務諸表を用いた分析

4-1.収益性分析

“稼ぐ力はどれほどか、利益を出しているか、効率性はどうか“ の分析になります。

売上高総利益率、売上高営業利益率、及び売上債権回転期間は、必ずおさえておきましょう。

加えて、構成比(売上を100として各勘定科目を数値化)を設け会社の収益構造を把握すること、前月比・前年同期比・前年比を設け、各勘定科目、下記の各指標の成長率もチェックしておくことをおすすめします。

  • 売上高総利益率(%): (売上総利益)÷(売上高)×100

企業が主な業務において稼ぐ力の源をチェックするための指標となります。

業界の取り引きに関する慣例、競合状況などの要因によりも左右されます。

産業特性も踏まえ、利益率の向上に努めましょう。

  • 売上高営業利益率(%): (営業利益)÷(売上高)×100

企業が営業活動によって得た利益を表します。

この指標が高いということは、提供している商品やサービスの価値が高く、営業活動に係る費用に対して効率的な営業ができているということになります。

  • 売上高経常利益率(%): (経常利益)÷(売上高)×100

売上高営業利益率に比して良い場合は営業外収支がプラス(受取・支払金利の差がプラス、受取配当金がある、有価証券売却・評価益がでた等)、逆に悪い場合は営業外収支がマイナス(受取・支払金利の差がマイナス、有価証券売却・評価損がでた等)となります。金利差発生の要因を理解・容認し、差異が大きい場合には事業計画にも盛り込んでおきましょう。

  • 売上高当期純利益率(%): (当期純利益)÷(売上高)×100

売上高経常利益率に比して、特別損益(固定資産売却益・同損など)の有無が差を生みます。原因を把握しておくのが良いでしょう。

企業に投下された資本がどれだけ効率よく利用されたかをあらわします。

  • ROE(株主資本利益率)(%): (当期純利益)÷(株主資本)×100

株主が拠出した資本がどれだけ効率よく利用されたかをあらわします。投資家が出資を検討する際に必要となる指標です。

  • 総資産回転率(回転): (売上高)÷(総資産)

総資産を用いて、どれだけの売上高を得たかを示します。回転数が多いほど効率的といえます。売上高の増加、不要在庫削減などによる資産の削減により回転数は高まります。

  • 売上債権回転期間(月): (売上債権)÷(売上高÷12か月)

売上高のうち何か月分が売上債権として残っているかを示します。

回転期間が短いほど効率的であり、逆の長い場合は不良債権発生のリスクが高まります。

4-2.安全性分析

“財務体質は健全か、支払い能力はあるか、倒産リスクはあるか” の分析になります。

当座比率、流動比率と手元流動性比率はキャッシュフロー計算の際に必ずおさえて下さい。

  • 当座比率(%): (当座資産)÷(流動負債)×100

当座資産とは短期間で現金化できる資産のことで、現預金や売掛金、受取手形などです。

流動負債とは1年以内に返済期が到来する負債のことで、買掛金、未払金、短期借入金などのことです。短期的な資金繰りの安定性を確認する指標で、安定性のボーダーラインは100%。150%以上を維持したいものです。

  • 流動比率(%): (流動資産)÷(流動負債)×100

流動資産とは1年以内に現金化できる資産のことで、当座資産に棚卸資産(製品や原材料、仕掛品など。在庫と同じ意味)を加えたものです。150%以上を維持したいものです。

  • 手元流動性比率(%):(現預金+短期有価証券)÷(売上高÷12か月)×100

当座資産の中でもすぐに現金化できる資産の月間売上高に対する割合であり、1か月の売上代金を回収するまでの間、手元資金でまかなえるかを示しています。

  • 固定比率(%): (固定資産)÷(自己資本)×100

固定資産とは、現金化まで1年を超えるもの、長期間の保有を前提とした資産で、土地や建物などの有形固定資産、特許やのれん代などの無形固定資産がこれに当たります。

自己資本とは純資産のことです。要は借入金などと違い返済が不要な資金です。

固定比率が100%を超えれば、借入金に頼らずに事業に必要な固定資産を調達出来ている訳で、事業継続の安全性が高いと判断されます。

  • 自己資本比率(%): (株主資本)÷(総資産)×100

自己資本比率が高ければ、返済しなければならない負債 (他人資本) によってまかなわれている部分が少なく、健全性が高いといえます。

4-3.生産性分析

“投資したものからどれだけの付加価値をのせることができたか、労働・設備から価値が生み出せているか” の分析になります。

  • 付加価値額:経常利益+労務費+人件費+金融費用+賃借料+租税公課+減価償却費

企業が付加した価値の総額であり、企業の生産性を評価するベースとなります。

  • 付加価値率(%): (付加価値額)÷(売上高)×100

企業が物やサービスを販売するときにどれだけ付加価値をつけることができるかの割合を示します。

  • 労働分配率(%): (人件費)÷(付加価値額)×100

会社が儲けた分のうち、どれだけ従業員に使用したかがわかる指標です。労働分配率が高い場合は儲けに対し人件費が経営を圧迫している、低い場合は儲けに対し人手が足りず過剰な労働になっている、ということがわかります。

  • 労働生産性: (付加価値額)÷(平均従業員数)

従業員一人あたりが生み出した付加価値を示します。

  • 一人あたり売上高: (売上高)÷(平均従業員数)×100

従業員一人あたりの売上高を示します。

5.最後に

財務諸表は、会社の経営状況、財務状況を数字で客観的に示す書類です。

企業のトップにとり、その会社の経営ビジョンの作成、日々のかじ取り、企業を存続させるための財務活動を含めた施策、そして会社の顔としてのステイクホルダーへの開示・説明責任などなど、多くの場面で関わらざるを得ない書類になります。

事業をスタートしたばかりで税理士・会計士に丸任せの段階でも、経理・財務のプロを部下に迎え、その作成・管理を一任できる体制になった場合でも、企業家として会社をビジョンをもって動かしたいという想いは変わらないはずです。そして財務的事情で事業継続の危機を迎えることは何としても避けるという決意もあるでしょう。

財務諸表の意味、その分析結果を理解し、攻めと守りの両側面から有効活用して頂ければと思います。