多様な個性を活かす組織運営(その1)

──コミュニケーションに難のある人材の可能性を見出す

現代のビジネス社会では、コミュニケーション能力の高さが個人の評価に直結する場面が多い。会議での発言力、上司への報告や相談の適切さ、顧客対応のスムーズさなど、いわゆる「対人スキル」が業務のあらゆる局面で求められている。確かに、円滑な人間関係の構築や情報の迅速な共有は、組織運営の効率を高める上で不可欠である。しかしその一方で、全ての社員が高い対人能力を持ち合わせているわけではない。人前で話すことに強い苦手意識を持つ人、雑談や臨機応変な対応が苦手な人、複数人の中で自分の意見を伝えることに不安を感じる人も少なくない。

今は多様化の時代と言われ、国籍、性別、年齢、障害の有無といった目に見える違いに目が向きやすい。しかしながら、こうした性格や思考傾向、対人関係の取り方といった目に見えにくい「個性」の違いに対しても、組織として柔軟に対応する姿勢が求められている。とりわけ企業組織では、従来型の「協調性重視」「空気を読む力重視」の価値観だけでは、優れた才能を見落としかねない時代となっている。

「コミュニケーション力に課題のある人」と一口に言っても、その内実は多様である。自分の世界に没頭しがちなアスペルガー症候群(自閉スペクトラム症)的な特性を持つ人や、利己的に見えるが実は防衛的な人、また、逆に強すぎる自己主張で周囲と摩擦を起こしがちな人もいる。こうした人々に対し単に「コミュニケーション力を鍛えよ」と指導するだけでは十分ではない。そもそもコミュニケーション力とは、性格や気質、経験に強く影響される能力であり、すぐに改善できるものではない。また、その人たちが持つ別の強み――集中力、観察力、論理的思考力など――を活かす視点を持たない限り、貴重な人材を無駄にすることにもなりかねない。むしろ企業としては、コミュニケーションが苦手な人材をいかに組織の中で活かし、その能力を最大限に引き出すかが、多様性の時代における経営戦略の重要な柱となる。こうした人々を「問題社員」として片付けるのではなく、彼らが持つ強みを見出し組織内で活かす視点について、触れてみたい。

1. アスペルガー的な人―構造的思考と発揮する専門性 2. 利己的なようでいて防衛的な人─誤解されやすいタイプの再評価(以上本号) 3. 自己主張が強い人─チームの推進力になりうる存在 4. アプローチの方法5.最後に

1. アスペルガー的な人―構造的思考と発揮する専門性

アスペルガー的な特性を持つ人は、空気を読んだり人間関係をなめらかに構築したりすることに困難を感じる場合がある。そのため、会議の場で他者の意図を汲み損ねたり、周囲の感情の機微に無頓着な発言をしてしまったりして、誤解や軋轢を生むことも少なくない。しかし、同時に彼らは高い集中力、規則性に対する鋭い感覚、深い専門性へのこだわりを持っていることが多く、適切な領域に配置すれば大きな戦力となる。

例えば、ソフトウェア開発、品質管理、データ分析、法務といった分野では、曖昧さの少ない論理的な処理が重視され、対人的なやりとりは限定的である。製薬会社などでは、社内の研究者の一人が同僚との雑談を極端に避ける一方で、製品開発においてはミリ単位の誤差も見逃さず、他の誰よりも厳密な試験データを出すことで重宝されているようなケースも報告されている。このように、アスペルガー的特性は「コミュニケーションが苦手だから使えない」のではなく、「どのような場面で能力が発揮されるか」を見極めることで、真価を発揮しやすい。

2. 利己的なようでいて防衛的な人──誤解されやすいタイプの再評価

組織内には、自己中心的、協調性がない、空気を読まない――といった理由で敬遠される人も存在する。特に、他人の意見に耳を貸さなかったり、自分の成果ばかりをアピールしたりするような人は、「利己的な人」としてネガティブに評価されやすい。しかしその多くは、周囲に攻撃的であろうとしているのではなく、自分の居場所を守るために必要以上に自己主張している場合もある。

これまで経験した会社にも、営業活動は積極的だがチーム活動には全く非協力的な社員がいた。彼は常に自分の案件の利益を優先し、チーム会議では発言を避けて助け合いの精神にも欠けていた。しかしながら、個別に面談を重ねたところ、彼の「グループ作業は成果が埋もれる」「他人に失敗を任せたくない」という強い責任感の裏返しが、こうした行動の背景理由だと理解できた。それ以降、プロジェクトマネージャーとして成果の可視化と評価基準を明示するようにしたところ、彼は他者との連携にも前向きに取り組んでくれるようになっていった。

このように、「利己的」と見える行動の背景には、過去の職場での失敗体験や誤解が隠れていることがある。本人の意図と周囲の評価がずれている場合は、表層的な態度だけで判断せず個別の動機を探る姿勢が必要だろう。