綜合商社での仕事

総合商社といえば、大きな仕事が出来る、国内に留まらずグローバルに働くことができる、高収入である、というイメージから、常に人気の業界であり、昨今の学生就職人気ランキングでも大手が上位をしめています。

今回は総合商社での仕事について、少しお話したいと思います。

商社マンはプロデューサーでありオーガナイザーである業務の質は多種多様、でも専門性も要求される業務の量は、ただただ膨大である人間力が勝負である
  1. 商社マンはプロデューサーであり、オーガナイザーである

ビジネスは、モノを作っている人と、それを欲しがる人をつなぐことによって成り立ちます。 モノが顧客の手にわたるまでに色々な仕事が必要になります。例えばモノが消費財であれば、原材料生産・調達、製品化、物流(倉庫管理含む)、卸業、販売場所の確保、以上を担保する保険と決裁(現金)のどれも欠かせません。一連の仕事の中で欠けているピースが有ればそれを埋めて全体が成立する様にする、それが商社の仕事になります。

消費財の例をあげれば、原材料を世界のどこからか調達してくる、原材料が不足気味であればその発掘や生産者に投資し活性化する、製品化にあたっては顧客が求める品質条件や保証内容などを把握していればそれを伝え実践を促す、生産者と物流・卸業・販売者のマッチングを行う、必要あれば物流会社や販売会社に投資するなどなど、そのビジネスに関与すると決めれば広く深く手を尽くします。

取扱業種は繊維、機械、IT・情報、エネルギー、食料、化学品、不動産、金融と幅広く、商い成立のためのピースの埋め方は共通項もあれば全く違うこともあり、担当業種・業態により多種多様です。

苦手といえば、サービス業への関与には消極的です。サービス提供者自体が顧客と向き合うゆえ、商社が関与できる「欠けているピース」が殆ど無いためです。

*夕刻に打合せが終わりこの後の予定がなければ一緒に飯でも、となった場合、商社マンが店探しをする事が多いです。食事中も話題がなくなると「何か面白い話ないの?」、二次会・三次会でカラオケに行くと「まず商社のかたから景気良い歌を?」みたいに普通に振られます。これもオーガナイザーの役割という事ですかね? 世にある商社マンあるある「飲食店に詳しい」「ノリが良い(ないしは、ノリが異常)」にはこんな背景があります。

  • 業務の質は多種多様、でも専門性も要求される

前項でピースを埋めるのが商社マンの仕事を書きましたが、最適なピース、各当事者のいずれもが利益を得るWIN-WINをもたらすピースでないと仕事は成立せず、ゆえに広く正確な市場情報や競合状況等きめ細かい情報収集力と、情報力・判断力をもってしての関係者間の利害の調整を図る力が必要となります。商社は都内一等地に構える大きなオフィスと、高給取りの役員や細分化された部署の上級管理職を前提としていますので、各商社マンに求められる利益水準は意外と高く、よって我が身を削った調整は評価されません。結局、過去の実績や経験値、現在の情報収集・分析・判断力と交渉力がものを言うので、行動のベースとなり力発揮の裏付けとなる専門性は不可欠になります。

企画段階では、市場環境・動向、商談の経緯を踏まえ、売上・利益・キャッシュフローといった財務諸表、与信判断、事業の社会性、考えうるリスクの想定と回避・最小化の方法など全てつめての起案となります。事業が会社設立を経てのものであれば人員計画や投資計画もこれに加わります。つめるためには、社内の財務部、法務部の専門的なオピニオンをとり、カンパニーや部門といった管掌役員をトップに仰ぐ事業ユニット内の資金・与信・法務担当スタッフにユニットの目指す方向性に合致しているかを確認も必要になります。ここまでつめて、直属の上司をその気にさせて捺印を得て、正式な起案書の完成です。上記のどれが欠けても話は進みません。みんな基本的に忙しいので、後回しにされず、テーブルに着いてもらうために、こちらが情報力・分析力・判断力をもち、よく準備して相談にきていると思わせることが不可欠になります。

起案書が提出され、所属ユニットのトップの決裁もおりた、さあビジネスの開始です!といきたいところですが... よくある事ですが社内決裁に条件がついてたりします。仕入れや顧客価格を見直せだの、キャッシュフローを精査し投資を最小限に抑えよだの、結構厳しめだったりします。生産者なり販売者なり共同経営者なり、ビジネスのパートナーに同じ方向を向いてもらわなければならず、これを乗り切らねばビジネスは開始できません。

さて漸くビジネスはスタートしましたが、当初の予定通りにいかない事が、多々かつ頻繁に発生します。マイナーな条件の修正で対処できるのか、収益の減少や必要資金の増加を甘受するのか、事態が深刻であれば、またぞろ社内決裁を仰ぐ事になります。

この段階になると、悪い事態の想定と対処という新たな専門性を、本人はその意思に関係なく取得することになります。

*社内関係者に教えを請い意見を仰ぐため、また社内外の当事者とお互いの理解を深め仲良くなるため、食事を一緒にすることは大変有効です。また情報を得たり大型案件の共同受注もあり同業他社との交流も意義があったりします。

商社マンあるあるの「飲み会が多い」になるわけです。

*教えを請い意見を仰ぐ相手は自分の先輩です。礼儀正しく臨む、当たり前の事です。どんなに疲れていても、これを忘れない様にします。 商社マンあるあるの「上下関係が厳しい」「体育会系が多い」はそんなところから来ているのかもしれません。

  • 業務の量は、ただただ膨大である

前項の通り、商社マンは自身が専門性を身に着けつつ、顧客や社内と交渉・調整を重ねビジネスを進めていきます。普通に考えればお分かりの通り、業務の量は膨大です。課題とリスクを考えれば上司と相談したりチームを組んで分担したりするのでは?と普通は考えますが、上司はその進捗は把握してはいるものの自分からは動きませんし、先に書いた通り社員一人一人に高い利益水準が要求される商社では同僚の誰もが同じ様に案件を抱えていますので、結局のところ担当者が自分でやる事になります。案件もその進捗の中でアイドル・タイムもあるだろうし、常時動いている必要もなかろうと思われるかもしれませんが、一人一人に(以下3行前に同じ)では案件は複数かかえるのが普通ですので、常時何かをやっているのが普通、かつマーフィーの法則よろしく複数案件の山場が同じ時に押し寄せてきたりするもので、結果、大変なボリュームの業務を抱える事になります。

加えて、所属する組織は継続的に利益を生み出すユニットでなくてはならず、どのユニットにもベース・カーゴと呼ばれる、安定的・継続的な取引を複数かかえて、一定の利益を確保しています。こういう取引では、見積、契約、与信残額の精査、確実なデリバリー、代金回収、仕入価の支払い、倉庫や運送会社等への支払いなど、細かい仕事が多く発生します。入社後一定期間は、経験を積むため、実務になれるため、体力見極め(?笑)などの理由から、これらの仕事を担当させられます。雑務の様ですが、ミスを犯すとユニットの数字に即影響を及ぼしますので手抜きはできません。かつ、商社というところは、取引形態が多様だからか、人ができる事は人にやらせるという文化なのか、DXとかAIをビジネスにすることには熱心ですが、自ら取り入れる事には無関心です。

という訳で、商社マンがかかえる業務の量はただただ膨大になります。

*寝る時間もないほど仕事をしていると、体力的には限界なのに精神がストレス解消を求めて暴れます。連日残業が続いているのに10時過ぎから飲みにいったり、金曜遅くまで仕事して土曜早朝からゴルフなんてのもザラです。結構な年輩者がさらっとやってのけたりします。結果、生活は派手になります。高い給与水準もこれを後押ししていますね。

商社マンあるあるの「飲み会が多い」に加え「金遣いが荒く意外と金欠」につながります。

  • 人間力が勝負である

足りないピースをみつけてきて商いの成立に奔走する、専門性を極めるべく努力・精進し社内の協力も得る、関係者のそれぞれの利害を正しく理解し調整する、内外を問わずコミュニケーション能力を発揮する、膨大な業務をこなす体力を身に着ける、これら心・技・体を兼ね備えていくと、社内外の人が相談にやってくる、仕事が集まってくる、結果を出す、評判が上がりまた社内外の人が相談にやってくる、という勝ちのループにはまります。どのユニットもそんな人を探して、育てて、またトップに仰ぐのです。

商社は部署の分離・統合を頻繁に行います。表では時代時代の動きに敏感かつ柔軟に対応と説明される事が多いですが、裏側にはユニットの長に誰が着くかが重要で、そのために組織と人事を動かす事が多いです。組織改編と人事がはまれば、攻めに転じた商社は同業との競争にも打ち勝つことができます。商社のビジネスはトップから下位まで、その人間力に大きく依存しているといってよいと思います。

総じて人間力の勝負でしょう。そんな人間力を体現できれば商社では勝ちです。

本稿を読んで、よし商社で勝ち組を目指そう!と思われたら、ぜひ頑張って頂きたい。

また、商社には属していないが商社的なビジネス取組も面白そうだ、と思ったなら、異業種など気にせず実践をトライされ人間力の取得を目指されるなら、それも面白いと思います。

最後に筆者の入社3年目のエピソードを紹介します。

中東の王国ヨルダンの南北を結ぶ全長300㎞超のマイクロ通信幹線プロジェクトを大手通信メーカーと組んで受注しました。 主担当として、入札前現地調査、入札書類作成(数か月間100時間超/月の残業で作成しました~今では考えられない)、現地に出向いて応札、結果、欧米の競合をはねのけて見事受注内定にこぎつけました。発注元であるヨルダン国通信公社との契約条件の細部交渉は首都アンマンで実施、日本側からはメーカーの技術部長、営業担当と私の3名で臨みました。交渉は3週間に及び、いよいよ契約調印まで秒読み、契約調印をお願いする管掌役員と同行する課長に出張を打診しようとしていた矢先、思いがけない問題が発生しました。同マイクロ幹線はヨルダン最南端のアカバ湾が終点でしたが、アカバ湾そば500mの丘陵山頂にリフレクター(反射板)を設け、国境を越えサウジアラビアの幹線と繋ぎこむという近い将来の計画が通信公社副総裁より披露され、これをオプションながら契約に盛り込みたいという提案が出たのです。

同丘陵は舗装道路もないただの丘陵でリフレクターの輸送・据付の可否が争点となりました。我々からはヨルダン国軍保有の輸送ヘリを使用し機材と人員の輸送をすること、ヘリの使用許可は公社側で取得することを条件としオプションを受ける、と回答しましたが、通信公社側は国軍への働きかけを約束することは出来ない、輸送は日本側で責任もって用意せよと譲らず。交渉は進まなくなり、副総裁は「ロバを使え!ロバなら山頂まで行けるだろ!」と叫び机をドンとたたき我々日本側を残して会議室から出て行ってしまいました。 日本側はしばし放心状態でしたが、ここまで来たら何としても契約調印まで至らねばとの思いに覚醒し、メーカー担当者は国際電話し、かのリフレクターは分解できるか、最小ユニットの大きさと重さはいくらかと(日本側の失笑、途中から叱責を受けるも)調査を依頼、私はアンマン駐在事務所の現地社員を通じてアカバ湾近くでロバの大量調達は可能か、ロバは山頂までたどりつけるのか、ロバが運べる最大重量は何キロか、など奇想天外なことを極めて真面目に調べ始めました。緊張感・高騰感と脱力感が混在する不思議な一時間がたったころ、副総裁がアイスクリームを持って会議室に戻ってきて「アイスを食べてお互い頭を冷やそう。そして交渉を再開しよう。」と。オプション部分はその仕様と価格は明示するも「実施が決まった時点で国軍のヘリの使用を前提にお互い協議し最善の方策をとる。」と記載する事で交渉成立、契約条件を無事に終えることが出来たのでした。数日後、役員と課長の出張を迎え入れ契約調印も無事に終え、調印後の簡単なパーティーで副総裁より「こいつは良く仕事をする」とのお褒めの言葉も頂きました。役員には「ありがとうございます。でも未だ未だです。」と軽くいなされましたが。