5分でわかる人権DD
企業による人権尊重の取り組みはSDGsの重要な要素とされ、人権デュー・ディリジェンスということは言われるようになりました。以下では、人権デュー・ディリジェンスの基本的枠組みについて概説します。
1.ガイドラインの公表 2.企業の取り組みによるメリット 3.ガイドラインの射程 4.企業に求められること 5.人権方針の策定 6.人権デュー・ディリジェンスの実施 7.自社が人権への負の影響を引き起こし又は助長している場合における救済 8.留意点 |
1.ガイドラインの公表
国連人権理事会で支持された「ビジネスと人権に関する指導原則」(2011年)を受け、2022年9月、国際スタンダードに基づくガイドラインとして「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(経済産業省:ビジネスと人権に関する行動計画の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会議)(「ガイドライン」)が策定されました。
2.企業の取り組みによるメリット
ガイドラインは法的拘束力を有するものではありませんが、企業による人権尊重の取り組みによるメリットとしては、(a)企業が直面する経営リスク(不買運動、投資先としての除外・撤退・評価降格、取引停止等)の抑制、(b)海外の規制強化や海外との取引における予見可能性の向上、(c)ブランドイメージの向上、(d)投資先としての評価向上、(e)取引先との関係向上、(f)新規取引先の開拓、(g)優秀な人材の確保・定着、(h)強靱で包摂的な国際競争力あるサプライチェーンの構築等が考えられます。但し、企業による取り組みの目的はあくまで人権尊重であり、これらのメリットは副次的効果に過ぎません。
3.ガイドラインの射程
ガイドラインは、日本で事業活動を行う全ての企業を対象とし、人権尊重の取り組みの対象は、国内外の自社・グループ会社及びサプライヤー等となっています。サプライヤー等とは、サプライチェーン(原材料・設備等の調達・確保、自社製品・サービスの販売・消費・廃棄等)上の企業及びその他のビジネス上の関係先(自社の事業・製品・サービスと関連する他企業)を指します。
4.企業に求められること
ガイドラインは、全ての企業が人権尊重責任を負い、企業活動における人権への負の影響の防止・軽減・救済に取り組むことを求めています。企業がその人権尊重責任を果たすために取り組むべき内容は、①人権方針の策定、②人権デユー・ディリジェンスの実施、③自社が人権への負の影響を引き起こし又は助長している場合における救済の3つです。
5.人権方針の策定(①)
企業は、人権方針を策定して、人権尊重責任を果たすというコミットメント(約束)を企業の内外のステークホルダー(*)に向けて明確にすることが求められます。
具体的プロセスとしては、人権尊重の取組みの必要性及び今後のプロセスについて企業のトップを含む経営陣と共有し、ステ-クホルダ-との対話・協議等を通じて人権課題を整理し、リスク・経営方針を反映した最終版を作成し、取締役会での決議等を経て人権方針の公表(及び社内規則等への反映)を行うことになります。
人権方針は以下の5要件を満たすことが求められています。
- 企業のトップを含む経営陣で承認されていること
- 企業内外の専門的な情報・知見を参照した上で作成されていること
- 従業員、取引先、及び企業の事業、製品又はサービスに直接関わる他の関係者に対する人権尊重への企業の期待が明記されていること
- 一般に公開されており、全ての従業員、取引先及び他の関係者にむけて社内外にわたり周知されていること
- 企業全体に人権方針を定着させるために必要な事業方針及び手続に、人権方針が反映されていること
(*)「ステークホルダー」とは、企業の活動により影響を受ける又はその可能性のある利害関係者(個人又は集団)(取引先、自社・グループ会社及び取引先の従業員、労働組合・労働者代表、消費者のほか、市民団体等の NGO、業界団体、人権擁護者、周辺住民、先住民族、投資家・株主、国や地方自治体等)をいいます。
6.人権デユー・ディリジェンスの実施(②)
企業は、以下の4つのステップを継続的に繰り返すことが求められ、これらの一連の活動が人権デユー・ディリジェンスとなります。ステークホルダーとの対話を重ねながら人権への負の影響を防止・軽減するための継続的なプロセスです。
(i) 自社・グループ会社及びサプライヤー等における人権(*)への負の影響(**)の特定
(ii) 負の影響の防止・軽減
(iii) 取り組みの実効性の評価
(iv) 説明・情報開示
(*)「人権」とは、国際的に認められた人権(強制労働・児童労働に服さない自由、結社の自由、団体交渉権、雇用及び職業における差別からの自由、居住移転の自由、人種、障害の有無、宗教、社会的出身、性別・ジェンダーによる差別からの自由等)をいいますが、日本国内において日本国憲法が保障する人権も当然含まれます。
(**)「負の影響」には、(i)企業がその活動を通じて人権への負の影響を引き起こす(cause)場合、(ii)企業がその活動を通じて直接に又は外部機関を通じて人権への負の影響を助長する(contribute)場合及び(iii)取引関係によって事業・製品・サービスが人権への負の影響に直接関連する(directly linked)場合の3パターンがあり、いずれも人権デユー・ディリジェンスの対象となります。
7.自社が人権への負の影響を引き起こし又は助長している場合における救済(③)
企業は、自社が人権への負の影響を引き起こし又は助長している場合は、人権への負の影響を軽減・回復することが求められます。企業の事業・製品・サービスが人権への負の影響と直接関連するのみであっても、企業は、負の影響を引き起こし又は助長している他企業に対して、影響力を行使するように努めることが求められます。
企業は、自社の苦情処理メカニズムと公的な仕組みを適宜選択して救済を講ずることになります。
(*) 司法的手続としては裁判所による裁判が、非司法手続としては、厚生労働省の個別労働紛争解決制度やOECD 多国籍企業行動指針に基づき外務省・厚生労働省・経済産業省の三者で構成する連絡窓口(National Contact Point)、法務局における人権相談及び調査救済手続、外国人技能実習機構における母国語相談等があります。
苦情処理メカニズムは以下の8要件を満たすことが求められています。
(i) 正当性(苦情処理メカニズムが公正に運営され、そのメカニズムを利用することが見込まれるステークホルダーから信頼を得ていること)
(ii) 利用可能性(苦情処理メカニズムの利用が見込まれる全てのステークホルダーに周知され、例えば使用言語や識字能力、報復への恐れ等の視点からその利用に支障がある者には適切な支援が提供されていること)
(iii) 予測可能性(苦情処理の段階に応じて目安となる所要時間が明示された、明確で周知された手続が提供され、手続の種類や結果、履行の監視方法が明確であること)
(iv) 公平性(苦情申立人が、公正に、十分な情報を提供された状態で、敬意を払われながら苦情処理メカニズムに参加するために必要な情報源、助言や専門知識に、合理的なアクセスが確保されるよう努めていること)
(v) 透明性(苦情申立人に手続の経過について十分な説明をし、かつ、手続の実効性について信頼を得て、問題となっている公共の関心に応えるために十分な情報を提供すること)
(vi) 権利適合性(苦情処理メカニズムの結果と救済の双方が、国際的に認められた人権の考え方と適合していることを確保すること)
(vii) 持続的な学習源(苦情処理メカニズムを改善し、将来の苦情や人権侵害を予防するための教訓を得るために関連措置を活用すること)
(viii) 対話に基づくこと(苦情処理メカニズムの制度設計や成果について、そのメカニズムを利用することが見込まれるステークホルダーと協議し、苦情に対処して解決するための手段としての対話に焦点を当てること)
8.留意点
人権尊重の取り組みに際しては、以下の点に留意すべきです。
(i) 企業トップを含む経営陣が、人権尊重の取り組みを実施していくことについてコミットメント(約束)するとともに、積極的・主体的に継続して取り組むこと
(ii) 人権への潜在的な負の影響の存在を前提として、それらを特定・防止・軽減するかを検討し、その取り組みを説明していくこと
(iii) ステークホルダーとの対話を人権尊重の取り組み全体にわたって実施することにより、負の影響の実態やその原因を理解し、負の影響への対処方法の改善を容易にするとともに、ステークホルダーとの信頼関係の構築を促進すること
(iv) 人権尊重の取り組みの最終目標を認識しながら、まず、より深刻度の高い人権への負の影響から優先して取り組むべきこと
(v) 直接契約関係にない企業の人権尊重の取り組みについては、直接契約関係にある企業と共に協力して人権尊重に取り組むこと