経営者が知っておくべき債権法改正

民法のうち債権関係の規定(契約等)は,明治29年(1896年)に民法が制定された後,約120年間ほとんど改正がされていませんでしたが、令和2年(2020年)4月1日から改正法が施行されました。今回の改正は,民法のうち債権関係の規定について,取引社会を支える最も基本的な法的基礎である契約に関する規定を中心に,社会・経済の変化への対応を図るための見直しを行うとともに,民法を国民一般に分かりやすいものとする観点から実務で通用している基本的なルールを適切に明文化することとしたものです。以下では主要な改正点を解説します。

1 消滅時効

①権利行使できるときから1年ないし3年であった職業別の短期消滅時効(例えば飲食代金請求権は1年)及び権利行使できるときから5年であった商事時効は廃止され、「権利行使できるときから10年又は権利行使できることを知ったときから5年」に統一されました。

②損害賠償請求権は債務不履行に基づくもの(権利行使できることを知ったときから5年、権利行使できるときから10年)と不法行為に基づくもの(損害及び加害者を知ったときから3年、不法行為のとき(=権利行使できるとき)から20年)がありますが、生命・身体の侵害による損害賠償請求権については、「知ったときから5年、権利行使できるときから20年」に統一されました。

③時効の中断・停止制度が更新・完成猶予制度に整理され、天災等による時効完成猶予期間が2週間から3ヶ月に伸張され、当事者間の協議による時効完成猶予(合意時から1年間又は1年未満の協議期間経過時まで)が新設されました。

2 法定利率

民事法定利率(年率5%)は年率3%に引き下げられ、商事法定利率(年率6%)は廃止されて民事法定利率(年率3%)に統一されました。但し、法定利率は3年毎に見直されます(変動制)。損害賠償額算定における中間利息控除にも法定利率(損害賠償請求権発生時)が適用されます。

3 保証

①極度額の定めのない個人根保証は、貸金等債務の根保証に限らず、すべて無効となります。

②個人根保証の元本確定期日(保証期間)は、引き続き貸金等債務の個人根保証についてのみ、原則3年(元本確定期日の定めは最長5年)とされます。貸金等債務以外の個人根保証についての元本確定期日(保証期間)には引き続き制限がありません。

③元本確定事由(主債務者又は保証人の強制執行又は担保権の実行開始・死亡・破産手続開始決定)は、貸金等債務の個人根保証に限らず、すべての個人根保証に適用されます(但し、貸金等債務以外の個人根保証については主債務者の強制執行又は担保権の実行開始・主債務者の破産手続開始決定を除く)。

④事業用貸金等債務の第三者(経営者等による保証を除く)による個人保証(個人根保証を含む)については、保証契約締結前1ヶ月以内に作成された公正証書で保証人が保証意思を表示していなければ効力を生じません。「経営者等」には、主債務者が法人である場合の理事・取締役・執行役及び総株主の議決権の過半数を有する者が、主債務者が個人である場合の共同事業者及び現に従事している主債務者の配偶者が含まれます。

⑤事業用債務(事業用貸金等債務に限らない)の個人保証(個人根保証を含む)については、主債務者が保証人に対して一定の財務情報等を提供しなければならず、情報不提供又は事実と異なる情報の提供により当該財務情報等を誤認して保証した保証人は、主債務者が情報不提供又は事実と異なる情報の提供について悪意有過失の場合に限り、保証契約を取り消すことができます。

⑥債権者は、個人保証の主債務者が期限の利益を喪失した場合は、期限の利益喪失を知ったときから2ヶ月以内にその旨を個人保証人に通知しなければならず、通知を現にするまでに生じた遅延損害金について保証債務の履行を請求できません。

⑦債権者は、主債務者の委託を受けて保証した保証人(法人を含む)から請求があれば、主債務者の主債務の元本・利息・違約金等についての履行状況(不履行の有無、残額、残額のうち弁済期が到来しているものの額)について情報を提供しなければなりません。

4 債権譲渡

①譲渡制限特約が付されていても債権譲渡の効力は妨げられないこととなりました。但し、預貯金債権については、譲渡制限特約について悪意重過失の譲受人その他の第三者に対して、譲渡制限特約を対抗できます。

②譲渡制限特約付債権が譲渡された場合の債務者は、譲渡制限特約について悪意重過失の譲受人その他の第三者に対して、債務の履行を拒むことができ、譲渡人に対する弁済等を対抗できます。但し、債務者がかかる第三者から相当期間を定めた譲渡人に対する履行の催告を受けた後も履行しない場合は、この限りではありません。

③譲渡制限特約付債権が譲渡された場合の債務者は、債権全額に相当する金銭を履行地の供託所に供託することができ、譲受人がその還付を請求できます。

④譲渡制限特約付債権の譲渡人について破産手続開始決定があったときは、譲受人(譲渡制限特約付債権全額の譲渡を第三者に対抗できる場合に限る)は、譲渡制限特約について悪意重過失であっても、債務者に対して債権全額に相当する金銭を履行地の供託所に供託させることができます。

5 定型約款(新設)

①定型取引(特定の者が不特定多数の者を相手方とする取引で内容の全部又は一部が画一的であることが双方にとって合理的なもの)を行うことを合意した者は、(1)定型約款(契約内容とすることを目的として特定の者が準備した条項の総体)を契約内容とすることを合意した場合又は(2)定型約款を準備した者が定型約款を契約内容とすることを予め相手方に表示(電車バスの運送契約等については公表)していた場合は、定型約款の個別の条項に拘束されます。但し、定型取引の態様・実情及び取引上の社会通念に照らして相手方の利益を一方的に害する契約条項であって信義誠実の原則に反するものについてはこの限りではありません。

②定型約款の準備者は、(1)変更が相手方の一般的利益に適合する場合又は(2)変更が契約目的に反せず変更の必要性・変更内容の相当性・変更する旨の定めの有無内容等に照らして合理的である場合は、相手方と個別に合意することなく契約内容を変更できます。この場合、定型約款準備者は、定型約款を変更する旨、変更後の定型約款の内容及び変更の効力発生時期を、インターネット等により周知しなければなりません。

6 債務不履行による損害賠償

債務不履行が債務者の責めに帰すことができない事由による場合は、損害賠償を請求することができないことが明示されました(従前は履行不能の場合についてのみ規定)。債務者の責めに帰すべき事由の有無は、債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして判断されます。また、原始的不能(契約成立時点で既に履行不能)の場合であっても、債務不履行に基づく損害賠償請求ができることが明文化されました。

7 契約の解除

①債務不履行が債務者の責めに帰すべき事由によらない場合であっても、相手方は、相当期間を定めた履行催告をした上で契約を解除できることになりました。但し、債務不履行が契約及び取引上の社会通念に照らして軽微である場合はこの限りではありません。

②債務全部の履行不能、債務者の全部履行拒絶、債務一部の履行不能又は債務者の一部履行拒絶の場合の契約目的の達成不能等の事情がある場合は、無催告解除ができます。

③以上にかかわらず、債務不履行が債権者の責めに帰すべき事由による場合は、債権者は契約を解除できません。

8 瑕疵担保責任(契約不適合責任)

①売買の特定物に瑕疵(かし)がある場合の規律が大幅に改正され、特定物か不特定物かを問わず、目的物の種類、品質等に関して契約の内容に適合しない場合は、買主は、売主に対し、(1)修補・代替物引渡・不足分引渡による履行の追完の請求、(2)損害賠償請求(売主の責めに帰すことができない事由による場合を除く)、(3)契約の解除及び(4)代金減額請求ができることになりました。但し、契約不適合が買主の責めに帰すべき事由による場合はこの限りではありません。

②従前は瑕疵担保責任の追及は買主が瑕疵を知ってから1年以内に権利行使することが必要でしたが、買主は種類又は品質に関する契約不適合を知ってから1年以内にその旨を売主に通知すればよく権利行使はその後でもよいことになりました。但し、売主が引渡時において契約不適合について悪意重過失である場合はこの限りではありません。

9 責任財産保全制度

①債権者代位権(債権者が自己の債権を保全する必要がある場合に債務者に属する権利(「被代位権利」)を行使する権利)について、(1)被代位権利が金銭債権・動産引渡を目的とする場合、債権者は相手方に対し自己への支払・引渡を求めることができること、(2)債権者が被代位権利を行使した後も、債務者は被代位権利を処分(取立等)でき、相手方も被代位権利について債務者に対して履行できること、(3)債権者が訴えをもって被代位権利を行使する場合、遅滞なく債務者に対し訴訟告知(訴訟提起されたことの利害関係ある第三者に対する告知)をしなければならないことが明文化されました。

②詐害行為取消権(債務者が債権者を害することを知ってした行為の取消等を債権者が裁判所に請求できる権利)について、(1)債権者は、債務者の行使の取消とともに受益者・転得者に対する逸出財産の返還(返還が困難な場合は価額の償還)を請求できること、(2)(1)の場合に受益者・転得者に対する返還請求が金銭支払・動産引渡(価額償還を含む)を求めるものであるときは、債権者は受益者・転得者に対し自己への支払・引渡を求めることができること、(3)詐害行為取消訴訟においては、受益者・転得者を被告とし債務者に訴訟告知しなければならないこと、(4)詐害行為取消権の要件を破産法の否認権等の類似制度と整合するものとすること(相当対価による処分、担保供与、債務消滅行為)が明文化されました。

10 連帯債務

連帯債務者の一人についての履行請求、免除、消滅時効完成は、別段の合意のない限り、他の連帯債務者について効力を生じない(相対効)ことになりました。これにより、履行請求を受けない連帯債務者が知らないうちに履行遅滞に陥る、連帯債務者の一部についてのみ免除したいという債権者の意思に反する、全ての連帯債務者について消滅時効完成阻止の措置を執らなければならないといった不都合が解消されます。更改・相殺・混同についての絶対効(他の連帯債務者にも効力が生じる)は従前の通りです。連帯保証人に生じた事由の主債務者に対する効力についても、同様の改正がされました。

11 債務引受(新設)

①併存的債務引受(債務者と引受人が連帯して債務を負担)については、債権者と引受人との契約によってすることができますが、債務者と引受人との契約によることもできます(債権者の承諾時に効力発生)。

②免責的債務引受(引受人のみが債務を負担)については、債権者と引受人との契約によってすることができます(債権者から債務者への通知時に効力発生)が、債務者と引受人とで契約し債権者が承諾することによってもすることができます。免責的債務引受の場合、引受人は債務者に対して求償権を取得せず、債権者は債務者の承諾なく担保権・保証を引受人が負担する債務に移すことができます(但し、引受人以外の者が設定した担保権・保証については承諾(保証については書面による承諾)が必要)。

12 相殺禁止

不法行為債権を受働債権とする相殺(例えば、加害者が被害者に対して有する貸金債権をもって損害賠償債権と相殺する)は、不法行為の誘発防止や被害者保護の観点から一律禁止されていましたが、相殺禁止となる債務は(1)悪意による不法行為に基づく損害賠償債務(誘発防止の観点)と(2)生命身体の侵害による損害賠償債務(不法行為債務に限らない)(現実弁済の必要性の観点)に限定されました。これにより、双方の過失による交通事故で一方が無資力の場合に他方が自己の債務のみ全額弁済しなければならないといった不都合が解消されます。

13 第三者弁済

利害関係を有しない第三者は債務者の意思に反して弁済をすることができず、債権者は利害関係を有しない第三者からの弁済を拒むことがきませんでしたが、(1)弁済につき正当な利益を有しない第三者による弁済が債務者の意思に反することを債権者が知らなかった場合はその弁済は有効となり、(2)弁済につき正当な利益を有しない第三者は債権者の意思に反して弁済できないようになりました。これにより、債務者の意思に反するかどうかを知らない債権者が受けた弁済が無効となるおそれがなくなり、債権者は見知らぬ第三者からの弁済を拒絶できるようになりました。

14 危険負担

特定物に関する物権の設定又は移転を目的とする双務契約において債務者の責めに帰すべき事由によらないで目的物が滅失又は損傷した場合は、債権者の負う反対給付債務は存続する(債権者主義)とされていました。例えば、建物の売買契約締結後に建物が地震により滅失した場合、買主は代金債務を支払う義務を負うことになります。改正法では、当事者双方の責めに帰すべき事由によらずに債務を履行できなくなった場合は、債権者は反対給付債務の履行を拒める(債務者主義)ことになりました。但し、債権者の責めに帰すべき事由により履行できなくなった場合は、債権者は反対給付の履行を拒めません。なお、売買の目的物を引渡した後に双方の責めに帰すべきでない事由により目的物が滅失損傷しても、買主は代金支払を拒めません。

15 消費貸借

消費貸借は金銭等が交付されるまで効力を生じないこととされていますが、書面(電磁的記録を含む)の合意による消費貸借の成立が認められました。この場合、借主は、金銭等の交付を受けるまでは契約を解除できますが、貸主に生じた損害を賠償する義務があります。借主は、返還時期の定めの有無にかかわらず、いつでも返還することができますが、返還時期を定めた場合は、期限前返還により貸主に生じた損害を賠償する義務があります。

16 賃貸借

①賃貸借の敷金(賃料債務等を担保する目的で賃借人が賃貸人に交付する金銭)に関する規定が新設され、敷金の返還時期や返還範囲についてのルールが定められました。

②賃借人は、賃借物に損傷が生じた場合は、賃借人の責めに帰すことができない事由によるものを除き、賃貸借終了時に原状に回復しなければなりませんが、通常の使用・収益による損耗及び経年変化については原状回復義務を負わないことが明文化されました。

③不動産が譲渡された場合は、(1)不動産の賃貸人たる地位がその譲受人に移転すること(対抗力ある賃貸借に限る)、(2)賃貸人たる地位の移転を賃借人に対抗するためには不動産についての所有権移転登記が必要であること、(3)敷金の返還債務及び費用償還債務が不動産の譲受人その他の承継人に承継されることが明文化されました。但し、不動産の譲渡人と譲受人の間で賃貸人たる地位を譲渡人に留保すること及び不動産を譲受人が譲渡人に賃貸(マスターリース)することを合意した場合は、賃貸人たる地位は譲受人に移転しません(賃貸人たる地位はマスターリース終了時に譲受人又はその承継人に移転)。

④賃貸借の存続期間の上限が20年から50年に伸張されました。借地借家法の適用のある建物所有目的の土地賃貸借(原則30年以上)や建物賃貸借については存続期間の上限はないのですが、借地借家法の適用のない賃貸借(例えばゴルフ場敷地の賃貸借)の存続期間は20年を超えることができませんでした。

17 請負

①請負の報酬は完成した仕事の結果に支払われるのが原則ですが、注文主の責めに帰すべきでない事由によって仕事を完成できない場合や請負契約が仕事の完成前に解除された場合は、中途の結果のうち可分な部分によって注文主が利益を受けるときは、その利益の割合に応じて報酬を請求できることが明文化されました。なお、注文主の責めに帰すべき事由によって仕事を完成できない場合は、報酬全額を請求できます。

②売買における担保責任規定の改正(上記8を参照)に合わせ、仕事の目的物が種類又は品質に関して契約の内容に適合しない場合(注文主の提供した材料の性質又は注文主の与えた指図による不適合については請負人が材料・指図が不適当であることを知りながら告げなかった場合に限る)は、注文者は、請負人に対し、履行の追完の請求、報酬の減額請求(新設)、損害賠償請求及び契約の解除ができることになりました。 

③建物その他の土地の工作物については深刻な瑕疵があっても注文主は契約を解除できませんでしたが、このような場合でも解除できることになりました。

④注文主が請負人の担保責任を追及するためには目的物の引渡から1年以内(建物その他の土地の工作物の建築請負の場合は引渡から5年(堅固なら10年)以内且つ滅失・損傷から1年以内)の権利行使が必要でしたが、注文主は、土地工作物であるかを問わず、契約不適合を知ってから1年以内にその旨を請負人に通知すればよく権利行使はその後でもよいことになりました。

18 寄託

①寄託契約の成立には物の交付が必要でした(要物契約)が、合意のみで寄託契約が成立することになりました(書面不要)。寄託者は、受寄者が寄託物を受け取るまでは契約を解除できますが、受寄者に生じた損害を賠償する義務があります。無報酬の受寄者は、書面による寄託を除き、寄託物を受け取るまでは契約を解除できます。報酬を受ける受寄者及び書面による寄託の無報酬の受寄者は、相当期間を定めた催告後も寄託者が寄託物を引き渡さない場合は契約を解除できます。

②受寄者は、寄託物について権利を主張する第三者が受寄者に対して訴えを提起等した場合は寄託者に事実を通知する義務を負うのみでしたが、寄託者の指図がない限り寄託者に寄託物を返還しなければならないことが明文化されました。但し、受寄者が訴えの提起等を寄託者に通知した場合等において、寄託物を第三者に引き渡すべき旨を命ずる確定判決等があり当該第三者に寄託物を引き渡したときは寄託者に対する返還を不要です。

③寄託物の一部滅失・損傷による寄託者の損害賠償請求又は受寄者の費用償還請求は、寄託者が寄託物の返還を受けてから1年以内に行わなければならないことになりました。寄託物の一部滅失・損傷による寄託者の損害賠償請求は、その間時効完成が猶予されます。

④混合寄託(受寄者が複数の寄託者から保管を寄託された同一の種類品質の物を混合して保管し、後に同じ数量を返還する類型の寄託)について、各寄託者の承諾が必要であること、寄託物の一部が滅失した場合は各寄託者が総寄託物に対する自己の寄託した物の割合に応じた数量の寄託物の返還を請求できることが明文化されました。

⑤消費寄託(受寄者が保管を委託された物そのものではなくそれと種類・品質・数量の同じ物を返還する寄託)については、寄託の規定を適用することを原則とし、担保責任については消費貸借の規定(価額償還)を準用することとし、預貯金については受寄者がいつでも返還できるが寄託者は定めた返還時期前に返還されたことによる損害の賠償を請求できることになりました。