日米の訴訟制度を比較してみた

米国は「訴訟天国」と言われることがあります。これに対し、日本では、弁護士は一般の人にとってなじみの薄い存在であり、訴訟に関与したことのない人が大多数と思われます。このような日米の違いの背景事情を検討してみました。

1.現状分析

(1)弁護士数

日本の弁護士数は1991年が14,080人、2020年は42,164人、米国の弁護士数は2013年が1,166,269人、2020年が1,328,692人です(日本弁護士連合会 弁護士白書2020年版)。2006年の新司法試験制度導入等により日本の弁護士数は過去30年で約3倍になりましたが、それでも米国の4%にも及びません。日本の人口が1億2650万人、米国の人口が3億3100万人(いずれも2020年)ですので、弁護士1人当たりの国民の数は、日本が3000人、米国が249人となり、10倍以上の開きがあります。

(2)訴訟件数

日本の民事第一審通常訴訟件数(地方裁判所)は、2008年が199,522件(新件)、192,246件(既済)、105,055件(未済)、2019年が134,934件(新件)、131,560件(既済)、104,060件(未済)です。民事第一審通常訴訟件数(地方裁判所)のうち、過払金等事件数は、2008年が104,992件、2019年が37,731件であり、過払金等事件以外の件数は、2008年が87,254件(既済)、2019年が93,829件(既済)であり、過払金等事件を除けば既済件数は87,000と10,000の間を推移しています(日本弁護士連合会 弁護士白書2020年版)。過払金等事件(*)は2009年前後をピークとして減少しており一過的な特殊訴訟類型であるとすると、これ以外の類型の訴訟件数は、弁護士数が増えたにもかかわらず、大きな変動がないといえそうです。

人口10万人当たりの訴訟件数は日本が651件、米国が3,095件(法社会学(第2版)村山眞維・濱野亮)という報告によれば、人口比の訴訟件数は米国が日本の4.7倍ということになります。

(*)期限の利益喪失約款がある場合に借主が利息制限法が定める利息を超える利息を支払うのは、事実上強制されたもので任意の支払ではないから、「みなし任意弁済」(旧貸金業の規制等に関する法律43条)の要件が満たされないとする2006年1月の一連の最高裁判決によって過払金返還請求が容易になり、大量の宣伝で集客する弁護士等により過払金返還請求訴訟が急増した。

2.背景分析

(1)国民性の違い?

日本で訴訟が少ないのは日本人が元来争いを避ける傾向があるからではないか、という見方もあり得ます。しかしながら、小作争議(*1)の調停受理件数が1925年から1944年までの間に毎年1,500件以上(最大は1936年の7,472件)(農林省「小作年報」第22次農林省統計表)あったことや、労働争議(争議行為を伴うもの)が1918年から1937年までの間に毎年3万件以上(総務省日本長期統計総覧)あったことからすれば、日本人の国民性として争うことに対してアレルギーがあるとは必ずしもいえないと思われます。

(*) 地主から農地を借りて耕作し、小作料を払っていながら耕作権を法によって認められていなかった農民(小作農)が、地主に対して小作料の減免や様々な条件改善を求めて起こした争議

 (2)証拠開示制度

米国の証拠開示制度(ディスカバリー制度)は、当事者が、正式事実審理の前にその準備のため、法廷外で互いに当該訴訟事件に関する情報及び証拠を開示し収集する手続です。これにより、当事者双方が紛争の具体的内容とこれに関する証拠を把握することができます。ディスカバリーの手続と前後して、裁判所で、裁判官と当事者双方が手続の進行予定、争点整理、トライアル(事実に関する争点について法廷で集中的な証拠調べを行う手続)の準備等について協議するプリトライアル・カンファレンスが開催されることも多いです。

日本では、提訴後の文書送付嘱託(民事訴訟法226条)及び文書提出命令(同223条)、提訴前の証拠収集処分(文書送付嘱託、調査嘱託、専門家の意見陳述の嘱託、執行官による現況調査)(132条の4)といった制度はあるものの、米国のディスカバリーほどの広汎且つ強力な証拠開示は認められていません。

訴訟で勝つためには、主張する事実を証明する証拠の収集が必要です。訴訟の相手方に証拠が偏在している場合等、証拠不足で訴訟を断念せざるを得ないこともあり得ますが、ディスカバリー制度の下では証拠収集のハードルは高くないということになります。

(3)弁護士報酬

米国の弁護士報酬は、タイムチャージ制稼働時間に単価を乗じて算出する方法)のほか、成功報酬制によることも多いです。純粋な成功報酬制の場合、勝訴すれば勝訴金額の何割かの報酬を支払うことになりますが、敗訴しても弁護士報酬を支払わなくてすみますので、弁護士報酬の支払資金を気にすることなく提訴できる訳です。

日本では、純粋な成功報酬制とすることは稀であり、着手金として数十万円を最初に弁護士に支払うのが一般的です。弁護士報酬は勝ったら払うという訳にはいかず、日本で提訴するにはある程度の持ち出しが必要という点は、持ち出しがゼロ(即ちノーリスク)の米国の純粋な成功報酬制の場合とは大きく異なります。

なお、日本では訴訟額に応じた金額の印紙を訴状等(例えば、訴訟額1億円の訴状には32万円)に貼付しなければならない点も米国とは異なります。

(4)クラスアクション

米国では、ある商品の被害者など共通の法的利害関係を有する地位(クラス)に属する者の一部が、クラスの他の構成員の事前の同意を得ることなく、そのクラス全体を代表して訴えを起こすことのできるクラスアクション制度があります。原告は、自身以外のクラス全員の請求権の合計額を訴求でき、判決の効力は、同じクラスに属する者全体(除外の申出をした者を除く。)に当然に及びます。被害者全員の意見集約や個別的な同意取り付けといった事前準備が不要となり、迅速な訴訟提起を図ることができます。

日本では、「消費者の財産的被害の集団的な回復のための民事の裁判手続の特例に関する法律」(2017年施行)により消費者契約法に基づき差止請求権を行使できる適格消費者団体のうち内閣総理大臣が認定した特定適格消費者団体が被害回復裁判手続を遂行できますが、これまで数件しか実例がなく、一般的には普及していません。

多数の被害者のために迅速に訴訟提起できるため、個々の被害額が少ない場合であってもクラス全体の被害額は大きいため、勝算が高いケースであれば高額の報酬を見込めるため、弁護士としてもクラスアクションを利用するうまみがあるということになります。

(5)陪審制度

米国では、刑事事件だけでなく民事事件にも陪審制度を採用しており、陪審員の評議によって被告の責任の有無や賠償額が決まります。州によって制度も異なりますが、例えば、損害賠償額については最高額と最低額を除いた残りの額の平均額とするといった具合です。陪審員は法律の専門家ではなく一般的良識に基づいて判断する結果、法律専門家の判断と大きく食い違うこともあります。マクドナルドで購入したコーヒーを膝にこぼしてやけどを負った老人がマクドナルド社を訴えた事件で、陪審員による評議の結果、16万ドルの填補賠償額と270万ドルの懲罰的損害賠償額(*)の支払を命じる評決が下された(最終的には64万ドルの判決、60万ドルの和解)のは有名です。

陪審員の良識に訴えやすい事件であれば、法律専門家が判断するよりも高額の賠償金を期待できると考えて訴訟に踏み切る場合もあるかもしれません。

(*)不法行為に基づく損害賠償請求訴訟等において、加害者の行為が強い非難に値すると認められる場合に、実際の損害の補填としての賠償に加えて上乗せして支払うことを命じられる賠償

(6)その他

他民族国家である米国では、権利や自由を実現するためには訴訟を利用するのが最も手っ取り早いという場面も多いのかもしれません。

また、米国では、事故現場に駆けつけていち早く被害者や家族から損害賠償請求を受任する弁護士を「ambulance chaser」(直訳すれば救急車を追いかける人ですが、困った人の味方の振りをした強欲者の意味で使われます。)と呼んだりします。日本では弁護士会の規則である弁護士職務基本規程10条で「弁護士は、不当な目的のため、又は品位を損なう方法により、事件の依頼を勧誘し、又は事件を誘発してはならない。」とありますので、事故現場に駆けつけて受任するようなことは品位を損なう行為として禁じられ、懲罰対象となり得ます。

3.まとめ

米国で訴訟が多いのは、単に弁護士が多いからではなく、お金がなくても訴訟を提起して勝訴できるという制度が整備されているからと考えます。権利や自由を実現するための社会的装置としての訴訟制度が、日本でもより身近になるといいですね。