何でもかんでもハラスメントでいいの?
ハラスメントという用語が日常的に使われるようになってきました。セクハラ、マタハラ/パタハラ、パワハラ、ケアハラといった法規制の対象になっているものだけでなく、新しい呼称のハラスメントも生まれています。2024年の人気ドラマ「不適切にもほどがある」の「頑張れと言ってはだめですか!」の回では、「新入社員に頑張れなんて言ったらプレッシャーで押しつぶされちゃうでしょ。」「相手が不快に思ったら○○ハラなんだよ。」という会話に阿部サダオが怒り出す場面がありましたが、何でもかんでもハラスメントにする風潮は、必要以上に窮屈な世の中になる可能性もあると思われます。本稿では、ハラスメントに関する法規制を確認した上で、ハラスメントとの付合い方を検討したいと思います。
1.ハラスメントの法規制2.新しいハラスメント類型3.ハラスメントとの付合い方4.結語 |
1.ハラスメントに関する法規制
ハラスメントに関する主な法律には、労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(「労働施策総合推進法」)、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(「男女雇用機会均等法」)及び育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(「育児介護休業法」)があります。
(a) ハラスメントの定義
・セクシュアルハラスメント:①対価型:職場において行われる性的な言動に対する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受けること及び②環境型:かかる性的な言動により労働者の就業環境が害されること(事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針(平成18年厚生労働省告示第615号))(https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605548.pdf)
・妊娠・出産等に関するハラスメント:職場において行われるその雇用する女性労働者に対する当該女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、産前休業を請求したこと、産後休業をしたこと等に関する言動により当該女性労働者の就業環境が害されること(事業主が職場における妊娠、出産等に関する言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(平成28 年厚生労働省告示第312 号))(https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605635.pdf)
(子の養育又は家族の介護を行い、又は行うことと なる労働者の職業生活と家庭生活との両立が図られるようにするために事業主 が講ずべき措置等に関する指針(平成 21 年厚生労働省告示第 509 号))(https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/3_0701-1s_1.pdf))
・パワーハラスメント:職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されること(事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年1月15日厚生労働省告示第5号))(https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605661.pdf)
パワーハラスメントの代表的な言動の類型としては、身体的な攻撃(暴行・傷害)、精神的な攻撃(脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言)、人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)、過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の 妨害)、過小な要求(業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を 命じることや仕事を与えないこと)、個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)があります。
(b)ハラスメントに関する規制
職場におけるセクシュアルハラスメント、妊娠・出産等に関するハラスメント及びパワーハラスメントを防止するため、①事業主の方針の明確化及びその周知啓発、②相談に適切に対応するために必要な体制の整備、③職場におけるハラスメントに係る事後の迅速且つ適切な対応(マタハラについては職場におけるマタニティハラスメントの原因や背景となる要因を解消するための措置を含む)等の雇用管理上必要な措置を講じる必要があります(男女雇用機会均等法11条、11条の3、労働施策総合推進法30条の2)。
労働者がこれらのハラスメントの相談を行ったこと又は事業主による相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをすることは禁止されます(男女雇用機会均等法11条2項、11条の3第2項、労働施策総合推進法30条の2第1項、2項)。
以上のほか、一般的な規制として、刑法上の規制(暴行罪(刑法208条)、傷害罪(同204条)、脅迫罪(同222条)、侮辱罪(231条)、名誉毀損罪(同230条)、強要罪(同223条)等)と民事上の規制(不法行為による損害賠償責任(民法709条)、使用者の損害賠償責任(同715条)等)もあります。
(*)詳細は、以下の関連条運のほか、上記各指針をご覧ください。
男女雇用機会均等法 11条 1事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。 2事業主は、労働者が前項の相談を行ったこと又は事業主による当該相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。 11条の2 1国は、前条第一項に規定する不利益を与える行為又は労働者の就業環境を害する同項に規定する言動を行つてはならないことその他当該言動に起因する問題(以下この条において「性的言動問題」という。)に対する事業主その他国民一般の関心と理解を深めるため、広報活動、啓発活動その他の措置を講ずるように努めなければならない。 2事業主は、性的言動問題に対するその雇用する労働者の関心と理解を深めるとともに、当該労働者が他の労働者に対する言動に必要な注意を払うよう、研修の実施その他の必要な配慮をするほか、国の講ずる前項の措置に協力するように努めなければならない。 3事業主(その者が法人である場合にあっては、その役員)は、自らも、性的言動問題に対する関心と理解を深め、労働者に対する言動に必要な注意を払うように努めなければならない。 11条の3 1事業主は、職場において行われるその雇用する女性労働者に対する当該女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法第65条第1項の規定による休業を請求し、又は同項若しくは同条第2項の規定による休業をしたことその他の妊娠又は出産に関する事由であって厚生労働省令で定めるものに関する言動により当該女性労働者の就業環境が害されることのないよう、当該女性労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。 2第11条第2項の規定は、労働者が前項の相談を行い、又は事業主による当該相談への対応に協力した際に事実を述べた場合について準用する。 11条の4 1国は、労働者の就業環境を害する前条第一項に規定する言動を行つてはならないことその他当該言動に起因する問題(以下この条において「妊娠・出産等関係言動問題」という。)に対する事業主その他国民一般の関心と理解を深めるため、広報活動、啓発活動その他の措置を講ずるように努めなければならない。 2事業主は、妊娠・出産等関係言動問題に対するその雇用する労働者の関心と理解を深めるとともに、当該労働者が他の労働者に対する言動に必要な注意を払うよう、研修の実施その他の必要な配慮をするほか、国の講ずる前項の措置に協力するように努めなければならない。 3事業主(その者が法人である場合にあっては、その役員)は、自らも、妊娠・出産等関係言動問題に対する関心と理解を深め、労働者に対する言動に必要な注意を払うように努めなければならない。 |
労働施策総合推進法 30条の2 1事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。 2事業主は、労働者が前項の相談を行ったこと又は事業主による当該相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。 30条の3 1国は、労働者の就業環境を害する前条第一項に規定する言動を行つてはならないことその他当該言動に起因する問題(以下この条において「優越的言動問題」という。)に対する事業主その他国民一般の関心と理解を深めるため、広報活動、啓発活動その他の措置を講ずるように努めなければならない。 2事業主は、優越的言動問題に対するその雇用する労働者の関心と理解を深めるとともに、当該労働者が他の労働者に対する言動に必要な注意を払うよう、研修の実施その他の必要な配慮をするほか、国の講ずる前項の措置に協力するように努めなければならない。 3事業主(その者が法人である場合にあっては、その役員)は、自らも、優越的言動問題に対する関心と理解を深め、労働者に対する言動に必要な注意を払うように努めなければならない。 |
育児介護休業法 25条 1事業主は、職場において行われるその雇用する労働者に対する育児休業、介護休業その他の子の養育又は家族の介護に関する厚生労働省令で定める制度又は措置の利用に関する言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。 2事業主は、労働者が前項の相談を行ったこと又は事業主による当該相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。 25条の2 1国は、労働者の就業環境を害する前条第1項に規定する言動を行ってはならないことその他当該言動に起因する問題(以下この条において「育児休業等関係言動問題」という。)に対する事業主その他国民一般の関心と理解を深めるため、広報活動、啓発活動その他の措置を講ずるように努めなければならない。 2事業主は、育児休業等関係言動問題に対するその雇用する労働者の関心と理解を深めるとともに、当該労働者が他の労働者に対する言動に必要な注意を払うよう、研修の実施その他の必要な配慮をするほか、国の講ずる前項の措置に協力するように努めなければならない。 3事業主(その者が法人である場合にあっては、その役員)は、自らも、育児休業等関係言動問題に対する関心と理解を深め、労働者に対する言動に必要な注意を払うように努めなければならない。 |
2.新たなハラスメント類型
法律(指針を含む。)で定めるハラスメントのほか、最近では以下のハラスメント類型が指摘されています。
・モラルハラスメント(人格否定や無視等、言葉や態度による精神的嫌がらせ)
・ジェンダーハラスメント(性別に関する固定観念や社会的役割のイメージを相手に押し付ける差別や嫌がらせ)
・レイシャルハラスメント(人種国籍等の民族的要素に関連する差別や嫌がらせ)
・リモートハラスメント(テレワーク中のハラスメント)
・テクノロジーハラスメント(IT機器・システムの扱いが苦手な人に対する嫌がらせ)
・アルコールハラスメント(飲酒に関連した嫌がらせや迷惑行為、人権侵害)
・リストラハラスメント(リストラ対象者に嫌がらせや不当な扱い)
・スモークハラスメント(喫煙による健康被害や不快感)
・スメルハラスメント(匂いによる嫌がらせ)
・SOGIハラスメント(性的指向・性自認・性表現に関する嫌がらせ)
・ソーシャルハラスメント(SNSを通した嫌がらせ)
・時短ハラスメント(具体策を講じないままの定時退社の強要や残業の制限)
・コロナハラスメント(新型コロナウイルスへの感染や、新型コロナワクチンの未接種に対する差別や嫌がらせ)
・就活ハラスメント(採用担当者によるハラスメント)
・カラオケハラスメント(カラオケが苦手な人に強制的に歌わせる嫌がらせ)
・ブラッドタイプハラスメント(血液型による差別的な扱いや不快感)
・ハラスメントハラスメント(「嫌だ、不快だ」と感じた他者の発言や行動に過剰に反応した「ハラスメントだ」との主張)
こうした新類型は法律で直接規制されるものではありませんが、その態様や程度によっては、刑事責任(強要罪、脅迫罪等)や民事責任(不法行為に基づく損害賠償責任等)を生ずる場合もあり得ます。しかしながら、法律で規制している上記ハラスメントでは、言動の類型だけではく、「就業環境を害する」という要件を課しており、言動の類型に該当すれば直ちに違反となる訳ではありません。新類型に該当する言動を不快に感じたら直ちに問題というのは、法律で規制する以上の厳しい制約ということになってしまいます。新類型の中には違法性の強いもの(例えば、レイシャルハラスメント)もありますが、ハラスメント類型として微妙なもの(例えば、清潔にしても消えない体臭や加齢臭によるスメルハラスメント)もあります。自分が少しでも不快と思った言動を全て新類型に当てはめて相手を攻撃するのは、それこそ「ハラスメントハラスメント」になってしまいます。従って、ハラスメントの新類型に該当する場合であっても、その態様や程度を十分考慮して対応することが、多様性を前提とする共生のためには必要と考えます。
なお、誤解を避けるために付言しますが、相手が嫌がることを知りながら相手を困らせる意図での悪質な言動を慎まなければならないのは当然です。但し、相手が嫌がることを知らないまままの言動をあれこれカテゴリー化してタブー視するのはどうかということです。
3. ハラスメントとの付合い方
事業者としては、違法性が明らかなハラスメントに対しては厳正に対処すべきです。そうではないハラスメント(の主張)については、これを放置すれば、職場環境の悪化、退職者の増加、企業イメージ・信用の低下、使用者責任等の弊害もあり得るため、適切に対処する必要があります。
(a)平時における対応
ハラスメントが発生する前に事業者が予め講ずべき措置としては、以下のものが考えられます。
・ハラスメント研修(ハラスメントについての正確な知識を周知させる。)
・相談窓口の設置
・対応ガイドラインの策定(誰がどのように対応すべきかを事前に決めておくことにより、迅速で適切な対応が可能になります。)
- 有事における対応
ハラスメントの相談があった場合に事業者が講ずべき措置としては、以下のものが考えられます。
・迅速で適切な対応
・再発防止策(違反者の再教育や制度の改善)
・事例の集積(先例を容易に検索できることにより公正性が保たれます。)
・就業環境の改善(問題点の改善)
- グレイ事案への対応
ハラスメントの主張がなされたが被害者と加害者の説明がかみ合わない場合や被害者の過剰な反応である場合は、ハラスメントの判定は容易ではありません。かといって、そのままでは、被害者の不満が残り、加害者も罪悪感が薄いままとなってしまいます。このような場合は、被害者の気持ち・考え方と加害者の真意を正確に把握して真摯に説明し、改善すべき事項は改めるようにすることで、双方の(満足とまではいかないとしても)理解を深めることができると考えます。
4. 結語
1985年に男女雇用機会均等法が施行された当時、同種法律を先行して施行していた米国の弁護士から受領したNGリストには、女性の服装を褒めてはいけない等の言動が記載されていましたが、日本社会には馴染まないと思っていました。その後40年を経て、日本でもハラスメント意識が高くなってきましたが、不用意な言動を慎まなければならないという窮屈さを感じるのは昭和世代だからかもしれません。嫌なことは嫌と言える社会は望ましいのですが、異なる背景・経験や考え方の人と一緒に過ごすためには、相手に対するリスペクトもあって然るべきと考えます(勿論、本当に駄目なことはやってはいけませんが)。
頑張っている新入社員をねぎらうつもりで「頑張れ」と言ってはいけない、不妊治療をしている人の前で子供の話をしてはいけない(チャイルドハラスメント)、太っている人の前でダイエットの話をしてはいけない(ダイエットハラスメント)、菜食主義者の前でステーキを食べてはいけない(ビーガンハラスメント)、大学に行っていない人の前で大学時代の思い出話をしては行けない(学歴ハラスメント)、もてない人の前で恋人の話をしてはいけない(恋人ハラスメント)、ダイエット中の人の前で食べ物の話をしてはいけない(ダイエットハラスメント)、海外に行ったことのない人の前で海外旅行の話をしてはいけない(海外ハラスメント)、くしゃみや鼻をかんではいけない(音ハラスメント)、なんて世界はとても窮屈で、住みたくないです。「何でもかんでもハラスメント」の世界では天気の話くらいしかできないのかもしれませんが、「明日は嫌な上司との接待ゴルフだから雨で中止にならないかな」と願っている人の前ではハラスメントになるのかもしれません。
「不適切にもほどがある」が世代を超えて大受けしたのは、なんとなく世の中がおかしな方向に進んでいるという実感が共有されていたからではないでしょうか。「不適切にもほどがある」の最終回で全出演者が踊りながら連呼する「寛容になりましょう」は、宮藤官九郎の出した一つの「解」なのかもしれません。
【「寛容になりましょう」の歌詞】 やいのやいのと申してきましたが、とどのつまりは老いも若きも「もっと寛容になりましょうよ!」 完全な平等なんてない令和と昭和男と女、容姿 性格 納税額 違う ちょっとのズレならぐっとこらえて寛容になりましょう 大目に見ましょう、寛容になりましょう、どんと構えましょう わたし あなたじゃないから100%は寄り添えないわ ずれた2パーか3パーは書き込みたいところをぐっとこらえて 寛容になりましょう、大目に見ましょう、寛容になりましょう、電源切りましょう 何を言っても炎上!炎上!黙っていても叩かれる こんな世の中だから、ポイズンよりも寛容が肝要 (インポータント!) おまえ ほんとに出来た女さ、明日は6時に起こしておくれ、僕は9時まで起こさないで わたし目覚まし時計じゃないわ 寛容に、「ちがう!寛容と甘えはちがいます!」 たられば言ってもはじまらない、前だけ見てれば大丈夫、たまには後ろも振り返り ゆずる時にはゆずりましょう そんで寛容になりましょう、大目に見ましょう 17歳って大人?子供?危険な恋にクラクラしちゃう、お酒は20歳になってから 現世が無理なら来世でお前を 私を背中から抱いてやる 「だっさ」 ちょっとのズレならぐっとこらえて多様な価値観、寛い心で受け入れて 寛容になりましょう、大目に見ましょう、寛容になりましょう、大目に見ましょう まけないことよりも寛容が大事、愛には負けるけど寛容も大切 お腹はふくれないけど寛容は肝要 大目に見ましょう、大目に見ましょう、大目に見ましょう、大目に見ましょう、大目に見ましょう |