弁護士法72条と生成AI
近年、AI等を用いて契約書等の作成・審査・管理業務を一部自動化することにより支援するサービス(「本件サービス」)が普及しつつあります。他方で、弁護士法72条は非弁護士による法的サービスの提供を禁止しているため、両者の関係が問題になります。この点について、2023年8月、法務省から「AI等を用いた契約書等関連業務支援サービスの提供と弁護士法72条との関係について」(「ガイドライン」)が公表されましたので、その概要を以下ご説明します。
1.弁護士法72条とは 2.弁護士法72条の趣旨 3.ガイドライン (1)報酬を得る目的 (2)法律事件性 (3)法律事務性 ①契約書等の作成業務を支援するサービスについて ②契約書等の審査業務を支援するサービスについて ③契約書等の管理業務を支援するサービスについて (4)例外 4.まとめ |
1.弁護士法72条とは
弁護士法72条は、以下の通り、非弁護士が①報酬を得る目的で②法律事件に関して③法律事務を取扱い又は周旋することを禁止しています。違反者は、2年以下の懲役又は300万円以下の罰金に処せられる可能性があります(弁護士法77条3号)。
「弁護士又は弁護士法人でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。ただし、この法律又は他の法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。」
2.弁護士法72条の趣旨
弁護士法72条の趣旨についての最高裁判例(最高裁判所昭和46年7月14日大法廷判決・刑集第25巻5号690)では、以下のように述べられています。
「弁護士は、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とし、ひろく法律事務を行なうことをその職務とするものであ つて、そのために弁護士法には厳格な資格要件が設けられ、かつ、その職務の誠実 適正な遂行のため必要な規律に服すべきものとされるなど、諸般の措置が講ぜられ ているのであるが、世上には、このような資格もなく、なんらの規律にも服しない者が、みずからの利益のため、みだりに他人の法律事件に介入することを業とする ような例もないではなく、これを放置するときは、当事者その他の関係人らの利益をそこね、法律生活の公正かつ円滑ないとなみを妨げ、ひいては法律秩序を害することになるので、同条は、かかる行為を禁圧するために設けられたものと考えられるのである。しかし、右のような弊害の防止のためには、私利をはかつてみだりに他人の法律事件に介入することを反復するような行為を取り締まれば足りるのであ つて、同条は、たまたま、縁故者が紛争解決に関与するとか、知人のため好意で弁護士を紹介するとか、社会生活上当然の相互扶助的協力をもつて目すべき行為まで も取締りの対象とするものではない。このような立法趣旨に徴すると、同条本文は、弁護士でない者が、報酬を得る目的で、業として、同条本文所定の法律事務を取り扱いまたはこれらの周旋をすることを禁止する規定であると解するのが相当である。換言すれば、具体的行為が法律 事務の取扱いであるか、その周旋であるかにかかわりなく、弁護士でない者が、報酬を得る目的でかかる行為を業とした場合に同条本文に違反することとなる」
3.ガイドライン
ガイドラインでは、弁護士法72条の構成要件である①報酬を得る目的、②法律事件性及び③法律事務性のそれぞれについて具体例を挙げ、また①②③に該当する場合であっても弁護士法72条に該当しない場合についても説明しています。
(1)報酬を得る目的
○事業者が、利用料等一切の利益供与を受けることなく本件サービスを提供する場合
×当該事業者が提供する他の有償サービスを契約するよう誘導するとき
×第三者が提供する有償サービスを利用するよう誘導するとともに、本件サービスの利用者が当該第三者が提供する有償サービスを利用した際に当該第三者から当該事業者に対して金銭等が支払われるとき
×顧問料・サブスクリプション利用料・会費等の名目を問わず金銭等を支払って利用資格を得たものに対してのみ本件サービスを提供するとき
⇒実質的に対価が支払われる場合は報酬を得る目的があるということになります。
(2)法律事件性
×取引当事者間で紛争が生じた後に、当該紛争当事者間において、裁判外で紛争を解決して和解契約等を締結する場合
○親子会社やグループ会社間において従前から慣行として行われている物品や資金等のフローを明確にする場合、継続的取引の基本となる契約を締結している会社間において特段の紛争なく当該基本契約に基づき従前同様の物品を調達する契約を締結する場合
⇒紛争が前提となっているか否かが判断基準となっているようです。もっとも、「いわゆる企業法務において取り扱われる契約関係事務のうち、通常の業務に伴う契約の締結に向けての通常の話合いや法的問題点の検討については、多くの場合「事件性」がないとの当局の指摘に留意しつつ、契約の目的、契約当事者の関係、契約に至る経緯やその背景事情等諸般の事情を考慮して、「事件性」が判断されるべき」とされており、諸般の事情を考慮して総合的に判断すべきということになります。
(3)法律事務性
ガイドラインは、3つのカテゴリーに分けて説明しています。
①契約書等の作成業務を支援するサービスについて
×同サービスを提供するために構築されたシステムにおいて、その利用者による非定型的な入力内容に応じ、個別の事案における契約に至る経緯やその背景事情、契約しようとする内容等を法的に処理して、当該処理に応じた具体的な契約書等が表示される場合
×同サービスを提供するために構築されたシステムにおいて、その利用者が、あらかじめ設定された項目について定型的な内容を入力し又は選択肢から希望する項目を選択する場合であっても、極めて詳細な項目、選択肢が設定されることにより、実質的には利用者による非定型的な入力がされ、当該入力内容に応じ、個別の事案における契約に至る経緯やその背景事情、契約しようとする内容等を法的に処理して、当該処理に応じた具体的な契約書等が表示されるものと認められる場合
○同システムにおいて、その利用者があらかじめ設定された項目について定型的な内容を入力し又は選択肢から希望する項目を選択することにより、その結果に従って、同サービスの提供者又は利用者があらかじめ同システムに登録した複数の契約書等のひな形から特定のひな形が選別されてそのまま表示されるか、複数のひな形の中から特定のひな形が選別された上で、利用者が入力した内容や選択した選択肢の内容が当該選別されたひな形に反映されることで、当該選別されたひな形の内容が変更されて表示されるにとどまる場合(上記の場合と認められるときを除く。)
⇒定型的な入力に従って個別事案を反映しない形で契約書が作成されるのであれば法律事務に該当しないということになりそうです。
②契約書等の審査業務を支援するサービスについて
×同サービスを提供するために構築されたシステムにおいて、審査対象となる契約書等の記載内容について、個別の事案に応じた法的リスクの有無やその程度が表示される場合
×同サービスを提供するために構築されたシステムにおいて、当該契約書等の記載内容について、個別の事案における契約に至る経緯やその背景事情、契約しようとする内容等を法的に処理して、当該処理に応じた具体的な修正案が表示される場合
○同システムにおいて、審査対象となる契約書等の記載内容と、同サービスの提供者又は利用者があらかじめ同システムに登録した契約書等のひな形の記載内容との間で相違する部分がある場合に、当該相違部分が、その字句の意味内容と無関係に表示されるにとどまるとき
○同システムにおいて、審査対象となる契約書等の記載内容と、同サービスの提供者又は利用者があらかじめ同システムに登録した契約書等のひな形の記載内容との間で、法的効果の類似性と無関係に、両者の言語的な意味内容の類似性のみに着目し、両者の記載内容に当該類似性が認められる場合に、当該類似部分が表示されるにとどまるとき
○同システムにおいて、審査対象となる契約書等にある記載内容について、同サービスの提供者又は利用者があらかじめ同システムに登録した契約書等のひな形の記載内容又はチェックリストの文言と一致する場合や、ひな形の記載内容又はチェックリストの文言との言語的な意味内容の類似性が認められる場合において、
・当該契約書等のひな形又はチェックリストにおいて一致又は類似する条項・文言が個別の修正を行わずに表示されるにとどまるとき
・同システム上で当該ひな形又はチェックリストと紐付けられた一般的な契約書等の条項例又は一般的な解説や裁判例等が、審査対象となる契約書等の記載内容に応じた個別の修正を行わずに表示されるにとどまるとき
・同システム上で当該ひな形又はチェックリストと紐付けられた一般的な契約書等の条項例又は一般的な解説が、審査対象となる契約書等の記載内容の言語的な意味内容のみに着目して修正されて表示されるにとどまるとき
⇒個別の事案に応じた審査は法律事務に該当するが、形式的な比較にとどまる場合は法律事務に該当しないということになりそうです。
③契約書等の管理業務を支援するサービスについて
×同サービスを提供するために構築されたシステムにおいて、管理対象となる契約書等の記載内容について、随時自動的に、個別の事案に応じた法的リスクの有無やその程度が表示される場合やそれを踏まえた個別の法的対応の必要性が表示される場合
○同システムにおいて、管理対象となる契約書等について、契約関係者、契約日、履行期日、契約更新日、自動更新の有無、契約金額その他の当該契約書等上の文言に応じて分類・表示されるにとどまる場合
○同システムにおいて、管理対象となる契約書等について、同サービスの提供者又は利用者があらかじめ登録した一定の時期や条件を満たした際に、当該事実とともに、同システムの利用者が契約書等に関してあらかじめ登録した留意事項等が表示されるにとどまる場合
⇒個別の事案に応じた管理は法律事務に該当するが、形式的要素に応じた管理は法律事務に該当しないということになりそうです。
(4)例外
本件サービスが、報酬を得る目的、法律事件性及び法律事務性の要件のいずれにも該当する場合であっても、以下の利用者であれば通常弁護士法第72条に違反しないとされています。
①本件サービスを弁護士又は弁護士法人に提供する場合であって、当該弁護士又は弁護士法人がその業務として法律事務を行うに当たり、当該弁護士又は当該弁護士法人の社員若しくは使用人である弁護士が、本件サービスを利用した結果も踏まえて審査対象となる契約書等を自ら精査し、必要に応じて自ら修正を行う方法で本件サービスを利用するとき
②本件サービスを弁護士又は弁護士法人以外のものに提供する場合であって、当該提供先が当事者となっている契約について本件サービスを利用するに当たり、当該提供先において職員若しくは使用人となり、又は取締役、理事その他の役員となっている弁護士が上記①と同等の方法で本件サービスを利用するとき
⇒実質的に利用者が弁護士であれば、弁護士法72条の趣旨(弁護士でない者による事件性のある法律事務の提供を防止)に反するおそれもないので、同条違反とはならないということだと考えられます。
4.まとめ
弁護士又は企業内弁護士が本件サービスを利用する場合は問題ないということになります。弁護士以外が本件サービスを利用する場合であっても、実質的な対価が支払われないときや形式的なアウトプットにとどまるときは問題がないということになりそうです。弁護士法72条のもとでは、弁護士をターゲットにしたサービスや弁護士以外も利用できる無料又は形式的内容のサービスが一般的になるものと予想されます。