相続法改正
平成30年7月6日,民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律(平成30年法律第72号)が成立しました(同年7月13日公布)。 民法のうち相続法の分野については,昭和55年以来,実質的に大きな見直しはされてきませんでしたが,その間にも,社会の高齢化が更に進展し,相続開始時における配偶者の年齢も相対的に高齢化しているため,その保護の必要性が高まっていました。 今回の相続法の見直しは,このような社会経済情勢の変化に対応するものであり,残された配偶者の生活に配慮する等の観点から,配偶者の居住の権利を保護するための方策等が盛り込まれています。今回の改正は,一部の規定を除き,2019年(平成31年)7月1日から施行されました。改正概要は以下の通りです。
1 配偶者の居住権を保護するための方策について(2020年4月1日施行)
⑴ 配偶者短期居住権
・配偶者は,相続開始の時に被相続人所有の建物に無償で居住していた場合には,遺産分割によりその建物の帰属が確定するまでの間又は相続開始の時から6か月を経過する日のいずれか遅い日までの間,引き続き無償でその建物を使用することができます。
・配偶者は,相続開始の時に被相続人所有の建物に無償で居住していた場合には,居住建物の所有権を取得した者は,いつでも配偶者に対し配偶者短期居住権の消滅の申入れをすることができますが,配偶者はその申入れを受けた日から6か月を経過するまでの間,引き続き無償でその建物を使用することができます。
原則として被相続人と配偶者との間で使用賃貸借契約が成立していたと推認される(最判平成8年12月17日)という手法では、第三者に居住建物が遺贈された場合や被相続人が反対の意思表示をした場合には配偶者の居住を保護できませんが、配偶者短期居住権は、このような場合であっても、配偶者の居住権を保護できます。配偶者は、第三者に居住建物を使用させるためには居住建物の所有権を取得した者の承諾を得る必要があります。
⑵ 配偶者居住権(2020年4月1日施行)
配偶者が相続開始時に居住していた被相続人の所有建物(被相続人が配偶者以外の第三者と共有する場合を除く)を対象として,終身又は(遺産分割協議・遺言・遺産分割審判で定める場合は)一定期間,配偶者にその使用又は収益を認めることを内容とする法定の権利が新設されました。遺産分割における選択肢の一つとして,配偶者に配偶者居住権を取得させることができますし,被相続人が遺贈等によって配偶者に配偶者居住権を取得させることもできます。
居住建物を取得した配偶者が(居住建物の資産価値が高いために)他の遺産を受け取れず生活資金に窮するという事態が考えられますが、例えば、居住建物土地を配偶者居住権と負担付所有権(配偶者居住権が消滅した時点の価値に基づく現在価値)に分割して他の相続人が後者を受け取ることにより、配偶者が他の遺産も受け取ることが可能になります。配偶者居住権の設定は、遺産分割又は遺贈による方法のほか、(共同相続人が合意する場合又は配偶者が希望し配偶者の生活を維持するために特に必要と家庭裁判所が認める場合には)家庭裁判所の遺産分割審判によることもできます。居住建物の所有者は配偶者に対して配偶者居住権の登記を具備する義務を負います。配偶者居住権は譲渡することができず、配偶者は、居住建物の増改築や第三者による使用収益をさせるためには居住建物の所有者の承諾を得る必要がありますが、居住建物の使用収益に必要な修繕についてはかかる承諾は不要です。
2 遺産分割に関する見直し等(2019年7月1日施行)
⑴ 配偶者保護のための方策(持戻し免除の意思表示の推定規定)
婚姻期間が20年以上である夫婦の一方配偶者が,他方配偶者に対し,その居住用建物又はその敷地(居住用不動産)を遺贈又は贈与した場合については,民法第903条第3項の持戻しの免除の意思表示があったものと推定し,遺産分割においては,原則として当該居住用不動産の持戻し計算は不要となります(当該居住用不動産の価額を特別受益として扱わずに計算をすることができます。)。
配偶者に遺贈等した居住用不動産が特別受益(遺産の先渡し)と取り扱われると、計算上相続財産に含まれるため配偶者が最終的に受け取る財産額は遺贈等がなかった場合と変わらなくなり、遺贈等の趣旨が反映されません。このような不都合を解消するため、配偶者に遺贈等した居住用不動産については被相続人による持戻しの免除の意思表示があったものと推認される(計算上相続財産に含まれない)ことになりました。
⑵ 遺産分割前の払戻し制度の創設等
・各共同相続人は,遺産に属する預貯金債権のうち,各口座ごとに以下の計算式で求められる額(ただし,同一の金融機関に対する権利行使は,法務省令で定める額(150万円)を限度とします。)までについては,他の共同相続人の同意がなくても単独で払戻しをすることができます。
単独で払戻しをすることができる額=(相続開始時の預貯金債権の額)×(3分の1)×(当該払戻しを求める共同相続人の法定相続分)
・預貯金債権の仮分割の仮処分については,家事事件手続法第200条第2項の要件(事件の関係人の急迫の危険の防止の必要があること)が緩和され,家庭裁判所は,遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合において,相続財産に属する債務の弁済,相続人の生活費の支弁その他の事情により遺産に属する預貯金債権を行使する必要があると認めるときは,他の共同相続人の利益を害しない限り,申立てにより,遺産に属する特定の預貯金債権の全部又は一部を仮に取得させることができるようになりました。
共同相続人は遺産分割が終了するまでの間は単独で相続対象の預貯金を払い戻すことができない(最判平成28年12月19日)ため、生活費・葬儀費用の支払や相続債務の弁済等の資金需要に対応できません。このような不都合を解消するため、遺産分割終了前であっても、共同相続人は預貯金債権の一定割合については単独で払い戻しを受けられるようになり、また、他の共同相続人の利益を害しない限り家庭裁判所の判断による仮払い(保全処分)を受けられるようになりました。
⑶ 遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合の遺産の範囲
・遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合であっても,共同相続人全員の同意により,当該処分された財産を遺産分割の対象に含めることができます。
・共同相続人の一人又は数人が遺産の分割前に遺産に属する財産の処分をした場合には,当該処分をした共同相続人については,アの同意を得ることを要しません。
遺産分割前に共同相続人の一人が遺産に属する財産を処分した場合、当該財産が遺産分割対象でなくなるため、共同相続人間で不公平が生じます。他の共同相続人全員の同意があれば、処分された財産を遺産分割の対象とすることにより、当該処分がなかったのと同じ結果を実現でき、このような不公平はなくなります。
3 遺言制度に関する見直し(原則2019年7月1日施行)
⑴ 自筆証書遺言の方式緩和(2019年1月13日)
全文の自書を要求している現行の自筆証書遺言の方式が緩和され,自筆証書遺言に添付する財産目録については自書でなくてもよいことになりました。ただし,財産目録の各頁に署名押印することを要します。
自筆証書遺言を作成するためには財産目録も含めて全文を自書する必要がありましたが、添付する財産目録については各ページに署名押印することにより自書しなくてもよいことになりました。これにより、銀行通帳の写し、不動産の登記事項証明書、パソコンで作成したリスト等も財産目録として添付できるようになりました。
⑵ 遺言執行者の権限の明確化等
・遺言執行者の一般的な権限として,遺言執行者がその権限内において遺言執行者であることを示してした行為は相続人に対し直接にその効力を生ずることが明文化されました。
・特定遺贈又は特定財産承継遺言(いわゆる相続させる旨の遺言のうち,遺産分割方法の指定として特定の財産の承継が定められたもの)がされた場合における遺言執行者の権限等が明確化されました。
4 遺留分制度に関する見直し(2019年7月1日施行)
⑴ 遺留分減殺請求権の行使によって当然に物権的効果が生ずるとされている現行法の規律が見直され,遺留分に関する権利の行使によって遺留分侵害額に相当する金銭債権が生ずることになりました。
⑵ 遺留分権利者から金銭請求を受けた受遺者又は受贈者が,金銭を直ちには準備できない場合には,受遺者等は,裁判所に対し,金銭債務の全部又は一部の支払につき期限の許与を求めることができます。
遺留分減殺請求の対象財産が受遺者・受贈者と減殺請求者との共有状態となることによる不都合(遺言者の意思に反する、事業承継の妨げとなる、共有持分権の処分が複雑になるおそれがある)を解消するため、遺留分減殺請求権から生じる権利は物権的効果(共有化)のない金銭支払請求権になりました。
5 相続の効力等に関する見直し(2019年7月1日施行)
(1)特定財産承継遺言等により承継された財産については,登記等の対抗要件なくして第三者に対抗することができるとされている現行法の規律が見直され,法定相続分を超える部分の承継については,登記等の対抗要件を備えなければ第三者に対抗することができないことになりました。
特定の財産を相続させる旨の遺言による権利の承継は登記なくして第三者に対抗できるというのが判例でしたが、遺言の有無内容を知り得ない相続債権者・債務者等や取引の安全を害するおそれがあるため、遺産分割や遺贈の場合と同様に、法定相続分を超える部分については、登記・登録その他の対抗要件を具備しなければ第三者に対抗できないことになりました。法定相続分を超えて相続により債権を承継した共同相続人が当該債権に係る遺言の内容(遺産分割の場合は当該債権に係る遺産分割の内容)を明らかにして債務者に承継を通知した場合は、共同相続人全員が債務者に通知したものとみなして対抗要件具備が判断されます。
(2)相続対象債務の債権者は、相続分の指定にかかわらず、各共同相続人に対して、法定相続分に応じて権利を行使することができますが、共同相続人の一人に対して指定された相続分に応じた債務承継を承認した場合はこの限りではありません。
6 相続人以外の者の貢献を考慮するための方策(2019年7月1日施行) 相続人以外の被相続人の親族が,無償で被相続人の療養看護等を行った場合には,一定の要件の下で,相続人に対して金銭請求をすることができるようになりました。
相続人以外の者(長男の妻等)は被相続人の介護に尽くしても相続財産を取得することはできませんでしたが、被相続人の親族が被相続人に対して無償で療養看護その他の労務を提供したことにより被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした場合は、相続人に対して寄与に応じた額の金銭(特別寄与料)の支払請求ができるようになりました。特別寄与料の額について当事者間で協議が整わない場合は、相続開始・相続人を知ってから6ヶ月以内又は相続開始から1年以内に限り、家庭裁判所に対して協議に変わる処分を請求できます。