交渉力について(完)

ひとが生きていく上で、他人との駆け引きはつきものです。少し大袈裟に言えば、家族や友人との付き合いや近所での買い物など日常のあらゆる局面において、我々は相手と取引をしながら生きています。特に、ビジネスでは、自分の主張をいかに納得してもらいながら相手の合意を取りつけていくか、という交渉力を発揮することが、仕事を進めるうえで、重要な要素になります。今回は、小生のささやかな体験を踏まえながら、この交渉力についてお話ししたいと思います。

(1)トルコ人の交渉力 (2)アメリカ人の交渉力(以上前号) (3)ドイツでの交渉力の話 (4)最後に

(3)ドイツでの交渉力の話

さらに、ドイツでの自動車の販売網を拡充した時にも、交渉で面白い体験をしました。

自動車販売では、どこに販売拠点を設けるかということは販売力の強化上、重要な仕事です。販売台数が落ちているエリアや後継ぎがいないエリアができると、販売力のある経営者を探しだし投資をしてもらうことで、こうした空白地点を埋めていく必要があります。当時、ドイツのある地域ではこうした販売の空白地域ができてしまい、地域の両側にある販売店のどちらかに新しい営業拠点の投資をしてもらう案件が持ち上がりました。

ところで、私は常日頃から交渉には、基本的に次の4つぐらいの方法論があると思っています。

①両方が納得する大義を見つけて訴求すること(例えば、その地域のブランド力が向上するなど)、

②相手の利害に訴えること(例えば、この投資は良い儲け話であることなど)、

③立場を変えれば相手もそう考えるのではと思わせること(例えば、長期的な視点に立つことなど)、

④牽制すること(例えば、もしこの話を受けないとすると当方側にも別の考え方があることなど)

私は、この手順に従って、オープンポイントに隣接する片方の販売店オーナーに、今後のドイツ全体の販売台数計画や新規投資をしてくれた場合の当方支援の内容など、懸命に説得を試みましたが、景気の見方が異なるとか、支援の内容が弱い、などと言って相手は一向に話に乗ってきません。確かに、相手側の立場に立てば、新規に販売拠点をつくるとなるとざっくり数十億円の費用がかかりその回収を考えれば、二の足を踏む気持ちはよく判ります。さて困ったなと思いながらも、一端、時間をおいて夕食を一緒に取ることになりました。地元クラブのサッカーの話で盛り上がった頃あいをみて(ドイツ人は本当にサッカーの話が大好きです)、実は来週お宅の隣の販売店オーナーにもこの話を持ちかけようと思っている、と切り出しました。

すると、相手は少し考えた様子を示し、この話を隣の販売店オーナーにするのはしばらく待ってほしい、と言うのです。結局、一週間後、少し支援条件を追加することを条件に、このオーナーは新規投資を決めてくれました。私はこの時、①の大義がまず王道として必要であるけれど、やはり④の相手が困りそうな話を持ち出すことが説得には一番効果がある、と身に沁みて感じ入りました。

(4)最後に

ビジネスでの交渉は、大体においてややこしい話が多いように思います。交渉力とは、誤解を恐れず平たく言ってしまえば、気乗りしない話を相手が自ら進んでやってくれるように仕向けていく、そんな能力だと思います。

そのためには、まず何といっても、トルコ人の友人のような粘り強さが重要です。さらに、米国人トップの話のように交渉局面では相手がどう出るか判らない中で、交渉のテーブルに先方が何を乗せてきても驚かない用意周到な準備が必要です。そして、交渉の最後の勝負の局面では、議論の落としどころの武器となるような、説得に役立つ情報や交渉材料を揃えておくこと、こうした心掛けが必要だと思います。

これからの皆さんの交渉の際に、小生のささやかな体験談が少しでも何かのお役に立つことになれば幸いに思います。