不正競争防止法等の改正

不正競争防止法等の改正(知財一括法)

知的財産分野におけるデジタル化・国際化の進展を踏まえ、時代の要請に対応した知的財産制度を見直すため、(1)デジタル化に伴う事業活動の多様化を踏まえたブランド・デザイン等の保護強化、(2)コロナ禍・デジタル化に対応した知的財産手続等の整備、(3)国際的な事業展開に関する制度整備を柱として、不正競争防止法、商標法、意匠法、特許法、実用新案法、工業所有権に関する手続等の特例に関する法律(「工業所有権特例法」)が改正されました。(なお、以下の条文は参考であり網羅されている訳ではありません。)

1.デジタル化に伴う事業活動の多様化を踏まえたブランド・デザイン等の保護強化 (1)登録可能な商標の拡充 (2)意匠登録手続の要件緩和 (3)デジタル空間における模造行為の防止 (4)営業秘密・限定提供データの保護の強化 2.コロナ禍・デジタル化に対応した知的財産手続等の整備 (1)送達制度の見直し (2)書面手続のデジタル化等のための見直し (3)手数料減免制度の見直し 3.国際的な事業展開に関する制度整備 (1)外国公務員贈賄に対する罰則の強化・拡充 (2)国際的な営業秘密侵害事案における手続の明確化

1.デジタル化に伴う事業活動の多様化を踏まえたブランド・デザイン等の保護強化

(1)登録可能な商標の拡充

①コンセント制度の導入(商標法4条4項)

先行する他人の登録商標と同一又は類似する商標は、当該登録商標に係る又は類似する商 品・役務についての登録を受けることができませんが、諸外国の多くと同様に、先行する登録商標の権利者が同意し且つ消費者(需要者)に混同が生じるおそれがない場合には併存登録が認められるようになりました(コンセント制度)。混同が生じるおそれがないかの判断に当たっては、商品・役務の用途など、実際に商標が使用される場面で 棲み分けがなされているか等に着目することとされています。商標が併存登記された場合は、混同防止表示請求(混同のおそれがある場合)や不正使用取消審判請求(混同が生じている場合)が可能となります。

②不正競争防止法の適用除外規定の新設(不正競争防止法19条3号)

コンセント制度の安定した活用のため、同意した両者が不正の目的でなく商標を使用している場合には、相手側の商標の使用行為を不正競争行為として扱わない(適用除外)こととされました(不正競争防止法19条)。これにより、同意した商標権者が併存登記した商標権者に対して周知表示混同惹起行為・著名表示冒用行為を理由とする差止・損害賠償請求をすることはできなくなります。

③他人の氏名を含む商標に係る登録拒絶要件の見直し(商標法4条1項8号)

「他人の氏名」を含む商標は、当該他人の承諾がない限り、商標登録を受けることができず、実務上は、同姓同名の他人全員 の承諾が得られなければ商標登録を受けることができません。このため、①「他人の氏名」に一定の知名度の要件と②出願人側の事情を考慮する要件を課し、氏名に一定の知名度を有する他人が存在せず且つ出願人側の事情を考慮する要件を満たしている場合(例えば、商標構成中の氏名が自己氏名等であり、商標登録を受けることについて不正の目的を有していない場合)には、他人の承諾なく商標登録が可能となりました。

(2)意匠登録手続の要件緩和(意匠法4条3項)

意匠登録を受けるためには、「新規性」等の要件を満たすことが必要であり、出願前に自ら公開している場合も新規性を喪失したとして拒絶理由となります。意匠の新規性喪失の例外が認められるためには、出願と同時に例外の適用を受ける旨の書面(例外適用書面)を提出し、出願から30日以内に自ら公開したことを証明する証明書(例外適用証明書)を、自己が公開した全ての意匠について網羅的に 提出する必要がありました。これは、特にスタートアップ・中小企業にとっては大きな負担となっていました。このため、最先の公開日に公開した意匠の証明書を提出すれば、その日以後の公開についての証明は不要とする改正が行われました。

(3)デジタル空間における模造行為の防止(不正競争防止法2条3号)

不正競争防止法は、他人の商品形態を模倣した商品(酷似したモノマネ品)の提供行為 (形態模倣行為)を規制していますが、有体物の商品を想定しています。近年、デジタル技術の進展、デジタル空間の活用が進み、現行法では想定されていなかったデジタル上の精巧な衣服や小物等の商品の経済取引が活発化しています。このため、有体物に加え、デジタル空間上の商品の形態模倣行為(電気通信回線を通じて提供する行為)も 規制対象とし、デジタル空間上の商品の保護が強化されることになりました。

(4)営業秘密・限定提供データの保護の強化

①限定提供データの定義の明確化(不正競争防止法2条7号)

不正競争保護法によりビッグデータ保護制度(*)が創設(地図データ、消費動向データ等。令和元年7月施行)されましたが、「秘密管理されていないビッグデータ」のみが保護対象とされています。近年、自社で秘密管理しているビッグデータであっても他者に提供する企業実務があることから、対象を「秘密管理されたビッグデータ」にも拡充し、営業秘密と一体的な情報管理が可能となりました。

(*)限定提供データ制度:ビッグデータを安心して他者と共有・利活用できるように、不正取得等に差止など対抗手段を設ける保護制度

②損害賠償額算定規定の拡充(不正競争防止法5条)

営業秘密等の損害額(逸失利益)は、侵害行為と損害との因果関係が明らかでない場合が多く立証が困難なため、損害額を原則「侵害品の販売数量×被侵害者(営業秘密保有者)の1個当たりの利益」と推定して算定することで立証負担を軽減しています(損害賠償算定規定)が、被侵害者の生産・販売能力超過分の損害額は認められませんでした。適切な損害回復を図るため、超過分は侵害者に使用許諾(ライセンス)したとみなし、 使用許諾料相当額として損害賠償額を増額できることになりました。これにより、生産能力等が限られる中小企業も、能力超過分はライセンス料相当額として増額することが可能になりました。また、現行法では「物を譲渡」する場合に限定されていた対象を、デジタル化に伴うビジネス多様化を踏まえ、 「データや役務を提供」する場合にも拡充されました。

③使用等の推定規定の拡充(不正競争防止法5条の2)

原告(営業秘密保持者)から不正取得した「営業秘密(生産方法等)」を被告(侵害者)が実際に使用しているかを原告が立証することは困難なため、被告が「営業秘密」を不正取得し且つ「その営業秘密」を使用すれば生産できる製品を生産している場合には、被告が「その営業秘密」を使用したと推定する規定が設けられていますが、推定規定の適用対象となる被告は産業スパイ等の悪質性の高い者(営業秘密へのアクセス権限がない者・不正に取得した者からその不正な経緯を知った上で転得した者)に限定されています。改正負では、オープンイノベーションや雇用の流動化を踏まえ、推定規定の適用対象を、元々アクセス権限のある者(元従 業員)や不正な経緯を知らずに転得したがその経緯を事後的に知った者にも同様に悪質性が高いと認められる場合に限り拡充しました。

④裁定における営業秘密を含む書類の閲覧制限(特許法186条1項3号、実用新案法55条、意匠法63条1項4号)(2023年7月3日施行)

裁定制度は、ある特許発明等について、第三者からの裁定請求に対して、経済産業大臣又は特許庁長官により、権利者の同意なく、第三者にその特許発明等の通常実施権を設定することができる制度です。現行法では裁定関係書類は閲覧制限の対象外であり何人も裁定関係書類の閲覧が可能であるため、裁定判断に関わる営業秘密の重要証拠の提出を当事者が控えることにより、妥当な裁定判断が阻害される可能性があります。このため、裁定における営業秘密を含む書類の閲覧制限が可能となりました。

2.コロナ禍・デジタル化に対応した知的財産手続等の整備

(1)送達制度の見直し

①国際郵便引受停止等に伴う公示送達の見直し(特許法191条1項、2項等)(2023年7月3日施行)

在外の出願人は、特許等に関する手続をする場合、原則、代理人を日本国内に置く必要があり、書類の送達は当該国内代理人に行いますが、手続が一旦完了し、代理人がいなくなった場合等には、書類を在外出願人に国際郵便で発送することになり、その発送の時に送達があったものとみなされます。コロナ禍等により、国際郵便の引受けが停止され国際郵便での発送が行えないことにより書類の送達ができなくなった場合に手続を進める規定がないため、当該出願人等の権利が確定しないという問題が生じました。このため、公示送達(官報や特許庁HPに拒絶査定謄本などの送達書類名を掲載し、一定期間経過後に 送達したとみなすもの)の要件に、国際郵便により発送が困難な状況が追加されました。あわせて、公示送達の方法に、特許庁事務所内のディスプレイでの閲覧も追加されました。

②オンライン送達制度の見直し(工業所有権特例法5条3項2号、5条の2)

工業所有権に関する手続等の特例に関する法律において、特許庁からの書類(拒絶査定等)の発送は、 特許庁の専用サーバに書類のデータが格納された後、出願人等がこれを覚知し、出願人等が使用するパソコ ンへの記録が完了した時点をもって、到達したものとみなすとされています。しかし、特許庁の専用サーバに書類のデータが格納されてから一定期間内に書類を受け取らない(使用するパソコンに記録しない)出願人等に対しては、紙に切り替えて書類を発送しています。そこで、リモートワークといった働き方の変容への対応や行政のデジタル化の動きを踏まえ、オンライン発送を希望する者に対しては、特許庁の専用サーバに書類のデータが格納され出願人等が受取可能な状態になってから10 日以内に受け取らない場合、送達したものとみなされることになりました。但し、代理を業として行う者については、オンライン発送の希望の有無にかかわらず、10日間経過後に、送達したものとみなされます。

(2)書面手続のデジタル化等のための見直し

①書面手続のデジタル化(申請)のための改正(工業所有権特例法8条)

特許庁に対する申請手続及び特許庁からの発送手続は、多くはオンラインで可能ですが、一部オンラインで行うことができないものが存在します。特許庁では『特許庁における手続のデジタル化推進計画(令和3年3月31日)』において、原則全ての申請手続をオンライン可能にする計画を立てているところ、特許財政の制約の中で計画を実現するため、これまでのオンライン申請の形態(XML形式)ではなく、別の電子形態(具体的にはPDF形式を想定)で受け付ける必要があり、この別形態の申請を受け付けるため、所要の規定が設けられました。これにより、年間約20万件のオンライン申請できない手続がオンライン申請可能となり、ユーザー利便性向上につながることが期待されます。

②e-Filingによる商標の国際登録出願の手数料納付方法の見直し(商標法68条の2)

我が国の出願人が、日本国特許庁を本国官庁として、商標登録を各国で受けようとする場合の制度(マドリッド協定 議定書に基づく商標の国際登録制度※1)を利用して、国際事務局(WIPO:世界知的所有権機関)に商標の 国際登録出願をする場合、日本国特許庁に本国官庁手数料(日本円)を、WIPOに基本手数料等※2(スイス フラン)をそれぞれ納付しなければならず、その手続が負担となっています。令和4年6月より、特許庁は、マドリッド協定議定書に基づく国際登録出願について、書面手続に加え、 WIPOが 提供するマドリッドe-Filing(WIPOの出願システム:以下「e-Filing」)を利用した電子出願の受付を開始しました。このe-Filingは本国官庁手数料とWIPOに納付すべき手数料を一括してWIPOに納付する機能を備えているため、出願人の利便性向上のため、国際登録出願をe-Filingで行う場合には、本国官庁手数料を他の手数料と一括で WIPOにスイスフランで納付できるよう、商標法の改正が行われました。

③優先権証明書のオンライン提出のための規定整備(特許法43条、実用新案法10条8項、意匠法10条の2第3項、商標法10条3項、13条等)

同一の発明を複数国に同時出願するためには、同時期に翻訳等の準備や国ごとに異なる出願手続への対応が必要となり、出願人の負担が大きいことから、負担軽減のため、最初の出願国(第一国)への出願日 を基準に、他国(第二国)で登録要件の審査を受けられる、パリ条約による優先権制度があります。日本特許庁への出願の際に、優先権制度を利用するためには、出願人は、優先期間内に第一国で発行さ れた優先権証明書の原本を、書面により提出することを原則としています。このため、例えば、優先権証明書をオンラインで提出することや、原本の写しを提出することはできません。 そこで、出願人の利便性向上及びデジタル化の促進のため、優先権証明書のオンライン提出を可能とするとともに、 その写しの提出を許容する旨の改正を行われました。

(3)手数料減免制度の見直し(特許法195条の2等)

高い潜在能力を有するが資金・人材面の制約で十全な知財活動を実施できない者による発明を奨励する等の目的のため、中小企業等に対して審査請求料の減免制度が設けられています(件数制限なし)。具体的には、資力制約、研究開発等能力、新産業創出の程度を勘案し軽減率を設定しています。しかしながら、この資力等の制約がある者の発明奨励等という制度趣旨にそぐわない形での制度利用が見られる実態を踏まえ、一部件数制限を設ける旨の改正を行われました。但し、上限件数及びその対象は、意欲ある中小企業・スタートアップ等によるイノベーション創出等を阻害しないよう最大限配慮の上、政省令で定めることされています。

3.国際的な事業展開に関する制度整備

(1)外国公務員贈賄に対する罰則の強化・拡充(不正競争防止法21条4項、5項、22条1項)

OECD 外国公務員贈賄防止条約に基づく外国公務員贈賄罪について、OECDからの勧告も踏まえ、条約をより高い水準で的確に実施するため、国内のバランスも踏まえつつ他の加盟国と遜色のない水準となるよう、自然人・法人の法定刑(罰金・懲役)が引上げられました(自然人:500万円以下又は5年以下⇒3000万円以下又は10年以下、法人:3億円以下⇒10億円以下)。

また、現行法上、日本企業従業員の贈賄行為は、日本国内での行為は国籍問わず(属地主義)、海外での行為は日本人のみを処罰対象とし(属人主義)、外国人従業員による単独行為は対象外としています。そこで、海外での贈賄行為を従業員の国籍 を問わず処罰可能とし、結果として外国人従業員が所属する日本企業も両罰規定により処罰できることが明確化されました。

(2)国際的な営業秘密侵害事案における手続の明確化(不正競争防止法19条の2、19条の3)

日本国内で事業を行う企業の営業秘密が侵害された場合、刑事(懲役・罰金)では海外での侵害行為も処罰可能です(国外犯処罰)。一方、民事(差止・損害賠償)では、日本国内の裁判所で日本の法律(不競法)に基づき裁判を受けられるのか、事案によっては不明確です(*)。このため、日本国内で事業を行う企業の、日本国内で管理体制を敷いて管理している営業秘密に関する民事訴訟であれば、海外での侵害行為も日本の裁判所で日本の不競法に基づき提訴できることが明確化されました(中小企業も、日本の裁判所で日本語で海外企業を提訴可能であることが明確化されました。)。但し、「専ら海外事業にのみ用いられる営業秘密」の場合は、従来と同様に、「民事訴訟法」「法の適用に関する通則法」に基づき裁判所が判断します。

 (*)裁判管轄は「民事訴訟法」、準拠法は「法の適用に関する通則法」に基づき裁判所が判断されますが、判断によっては、裁判管轄・準拠法が日本・日本法ではない可能性もあります。