カーボンゼロ I...それだけでいいの?

カーボンゼロ、カーボンニュートラル、カーボンオフセットと言葉は違いますが、最近温室効果ガスである二酸化炭素(CO₂)の排出量と吸収量を相殺してゼロにしようという取り組みをよく耳にするようになりました。日本では、2050年での達成を目指すことを菅首相が発表し、その後多くの企業でその取り組みを導入する動きが広がりを見せています。あたかもその取り組みの導入を発表しないと「地球環境に配慮しない企業」というレッテルが張られるのではと危惧せざるをえない風潮と言っても、あながち過ちではないでしょう。

これは、地球温暖化を防ぐために、大気中の温室効果ガスの含有量を低下させる必要があり、とりわけ温室効果ガスの中で大きな割合を占めるCO₂の大気中の含有量の増加が産業革命以降顕著にみられることから、すべての客体(国や法人など)が各々CO₂の排出量と吸収量を管理することにより、排出量と吸収量を相殺してゼロに出来れば、トータルとして大気中のCO₂増加を防ぐことが出来るという発想です。これは、ビジネスの世界でもよく使われる手法で、目標(地球温暖化防止)を実現するために手段(温室効果ガス削減)を設定し、その手段の実現を目標として更にそれを実現するための下位の手段(カーボンゼロ)を設定していくことを繰り返し、おおもとの目標を実現しようというものです。

しかし、かかる発想には陥りがちな欠点があり、末端に近い手段であってもその手段が広がっていくとその手段自身が目標として肥大化し、本来の目標の存在が忘れられていくというリスクを常に孕んでいます。次回は、この問題を題材に少し考えてみたいと思います。

カーボンゼロを実現する手段として、化石燃料からCO₂を排出しないエネルギー源である水素(H₂)、アンモニア(NH₃)等への転換が検討されています。これらを何から取り出すか、これらを運搬するためのエネルギーはどうするか、の課題もありますが、これらは昨今議論されるようになっていますので、ここでは別の視点でアンモニア(NH₃)に絞って考えてみたいと思います。

アンモニア(NH₃)は、水素(H₂)に比べて沸点が高く、低い圧力でも液化するので運搬しやすいこと、またCO₂を排出しない燃料としてそのまま利用できることから注目されています。ところで、京都議定書で削減対象とする温室効果ガスとして、CO₂、メタン(CH₄)とならんで、亜酸化窒素(N₂O)というのがあるのをご存知でしょうか?亜酸化窒素(N₂O)はCO₂の約300倍の温室効果があるといわれている温室効果ガスです。アンモニア(NH₃)が燃焼すると、割合は燃焼条件等によりますが窒素酸化物(NOx…これは公害物質)と亜酸化窒素(N₂O)が発生します。つまり、一般的な燃料(主成分は炭素と水素)の代わりにアンモニア(NH₃)を燃焼させると、CO₂の排出は避けられますが量的には少なくてもCO₂の約300倍の温室効果があるといわれている亜酸化窒素(N₂O)が発生してしまうということです。因みに、窒素酸化物はアンモニア(NH₃)を加えて、窒素(N2)と水(H₂O)に分離するのですが、その際にも量は少ないでしょうが亜酸化窒素(N₂O)が発生します。

菅首相は、2050年に「温室効果ガス」を実質ゼロにすると言いましたので、今はCO₂に限らず「温室効果ガス」を実質ゼロにすることと認識されていますし、実際にアンモニア(NH₃)燃料化に直接かかわっている人たちはアンモニア(NH₃)の燃焼により亜酸化窒素(N₂O)が発生することは当然のこととして、亜酸化窒素(N₂O)の発生を抑える取り組みもしていると思います。しかし、カーボンゼロという言葉が一般に広く浸透していき、時間が経過する過程で、亜酸化窒素(N₂O)の発生は些細なこととして抹殺されてしまい、カーボンゼロという言葉だけが独り歩きして細部が忘れられ、地球温暖化防止という本来の目標に反するとまでいかなくても、温室効果ガス削減の効果を大きく減殺してしまう行動をしてしまう可能性は否定しがたいものがあります。下位の手段の実現を目指すあまり、本来の目標を実現できなくなっては本末転倒です。尚、ビジネスで陥りやすいワナを説明するための題材としてアンモニア(NH₃)を取り上げましたが、アンモニア(NH₃)の燃料化それ自体は温室効果ガス削減に有効な手段であると考えています。勿論、ワナに陥らないために、CO₂削減でなく上位の目的である温室効果ガス削減を念頭に置きながら管理していく必要があります。

今回はもう一つ、ビジネスで陥りやすいことと関連してこのカーボンゼロを考えてみたいと思います。

カーボンゼロにより温室効果ガスが削減され、地球温暖化が抑制される効果はあると思いますが、温室効果ガスが地球温暖化のすべての原因である保証はありませんので、温室効果ガス削減だけで絶対的に地球温暖化を防げるかどうかはわかりません。だから無駄だと言う人もいますが、そうではなく、出来ることはやる必要があると考えています。ただ、地球温暖化抑制効果が十分でなかった時にどうするかも併せて考えた上で行動する必要があります。以前は地球温暖化の議論がされるときに、地球温暖化した時にどうするかも多く議論されていたと思いますが、カーボンゼロが声高に言われ始めるようになって、個別に気候変動対応とかは議論されてはいますが、少し議論される機会が少なくなった気がして懸念しています。

ビジネスの世界でも、想定する事業環境に沿って目標をたて、それに向って方策を策定して実行していきますが、想定外の事象(新型コロナの蔓延とかが典型です。)が発生し、当初の計画通りにいかないことがよくあります。ビジネスでは信念を持って、それに固執していくことも重要ですが、一方で事業環境に応じて柔軟に対応していくことも必要です。事業を破綻させるわけにはいきませんので、想定していなかった事態での行動も念頭に置きながら、事業環境の変化に常に注意を払っていく必要があるということを忘れないでいただきたいと思います。

最後におまけですが、地球上で最大の温室効果ガスは水蒸気(H₂O)です。温度が上がると水蒸気量が増え温室効果を増幅することは間違いないのですが、なぜ管理対象にされていないのか私にはわかりません。ただ、見たくないもの(不都合な真実)を見ないというもう一つのビジネスでのワナに陥っていないことを願っています。

少し無理やりですが、ビジネスで陥りやすいワナを3つ紹介しました。ワナがあるところは、見方を変えてみるとビジネスチャンスですので、ぜひ皆さんのシーズを活かしてください。世の中で起きている事象、ニーズについても、その事象・ニーズだけでなく、そこに関連する他のニーズ(温暖化後の対応、N₂Oの除去とか)が考えられます。様々な側面から考えていただけば、皆さんの持っているシーズをビジネスにつなげていく可能性が広がると思います。ただ、その実行の際は、ビジネスで陥りやすいワナには十分気を付けてください。ここは、私どもが支援できると思いますので、ご一緒に仕事ができたら幸いです。